2008年9月7日日曜日

研修というリレー

先週は結構大変だった。

何が一番きていたかというと開発が困難を極めた研修の初リリースタイミングだったからだ。
(説明するまでも無いが私が講師として入ってます)

コンセプト自体が難しいうえに、色々な事情があって開発が進まず、本当に研修当日はどうなってしまうか全く見えない時期が続いた。
(自分は一発目に登板することもあり、講師という立場でアドバイスをする役割で参加していたが)それこそプスプスと煙を出している開発プロジェクトを側で見ていた時は「今から抜けられないもんだろうか」と悪魔がしきりにささやいていた。(と思っても実際に逃げられはしない。逃げるフリーは後ろから撃っても有罪にはならない決まりだ)

というのも、結局最後に受講者の前に立つのは講師であり、研修コンテンツの最終評価は講師が被ることになる。良い研修コンテンツは講師の最大の武器でありそれこそイマイチな講師でも名講師のようにキラキラと演出してくれるものだが、その逆はそれ以上に強烈で、やっている講師自身の自信を奪い徹底的に惨めな気持ちにさせてしまう。下手をすればトラウマ気味に講師という職から距離を置く原因になったりもする。

それに加えて、フリーという脆弱な立場はどんな言い訳をいったとしても結局は結果が全てといって良い。「今回はあなたのせいではない」と仮に誰かがやさしくフォローしてくれたり、「不利益を被る事は無い」と発注者が保証してくれたとしても、それが高評価につながることは断じてない。

自分は高評価を出せないフリーは食べていけないと信じているし、しつこいくらい自分の肝にも言い聞かせている。その厳しさこそが企業勤めをしていた時との明確な違いだと思う。
(そういった悲哀もあってか、多くの講師は自分オリジナルのコンテンツを開発してそれでやっていくという事への想いが強い。実際は開発力が弱かったり、集客力が弱かったりで願い通りに行く事は少ないが)

ただ、この開発プロジェクトの終盤では、メンバー達が大変な危機感を持ってくれて、それこそ寝る間も惜しんで「何がなんでもエッケイさんが討ち死にしないところまでにはもっていく!」と物凄いふんばりを見せてくれた。結局、コンテンツ品質は高かいという程までには至らなかったが、開発メンバーのがんばりを間近で見えていただけに、彼らを責める気などさらさら起こらず、「どうしたらメンバー達のがんばりを形に残せるだろうか?」という気持ちが先にたっていった。

結果、今回はなんとか優・良・可で言えばぎりぎり「良」に引っかかるところにはもっていけた。
終わった時はどっと疲れが噴出したが、終わってアンケートの評価を見た時に浮かんだ言葉が

「なんとかバトンをつなげた」

というものだった。

研修に限らず多くの仕事がリレーの様にバトンをつないでいくものなんだと改めて感じた。
でも、それぞれが後の走者の事を思いやり、全力を尽くして自分の役割を全うするといった気持ちで仕事できている人はどれだけいるのだろうか。それが出来ている人は安全で信頼できるチームを持てたという幸運をもっと噛み締めるべきなのかもしれない。

フリーの講師といえども、この価値や想いのリレーの一部としてつながれた存在であり、チームという概念を軽視してはなりたたないのだと心底思った。

0 件のコメント: