2008年3月31日月曜日

読後感想(プロ論)

様々な分野の著名人が自分のキャリアストーリーと得た学びを
B-ingで語った記事で構成されている
「プロ論(才能開花編)」
「プロ論(情熱探求編)」
を読んだ。

正直、キャリアという視点ではもう少し鋭い掘り下げをしてもらいたいと感じたが
(特にインタビュー最後の総括「成功の哲学」はきついと思う)

でもさすがに多くの人に著名人として知られた人物105人分のストーリーを読むことはためになった。
当然色々な価値観があるので賛同できる人もいれば賛同できない人もいるが、彼らが共通で語っていることを知ることや、同じテーマを色々な視点で解釈しているのは読んでいて面白いと思う。

また、これらの人物はキャリア論に通じているわけではないのだが、成長に重要といわれている胆を自らの体験から導きだしていることもすばらしい。

走り読みでも目を通されてはどうだろうか?

ちなみに、自分が印象深く感じたセリフの一部を「プロ論(情熱探求編)」からあげてみる。

「会社を変われば、すべてを変えられえるという幻想が闊歩している。結婚すれば幸せになれると思っている人と同じです。結婚しても幸せになる努力をしていなければ、幸せになれないでしょう」
(秋元康)

「たまたま面白い小説が書けたから作家になるんじゃない。自分の生き方を作家という方向に持っていくことで作家になる。」
(鈴木光司-リングの作家)

「やりたい、やりたいと言いながら、やらないヤツ、多いでしょ?それから、できないのにやっているヤツ。芽が出なくても好きで続けているなら構わないけど、「オレはこんなところにいる人間じゃない」って言いながら続けている人、結構多い。やりたいことと、できること、両方を見極めていかなきゃだめだと思うんですよ」
(北村龍平-映画監督)

「本来、仕事というのはみんながそれぞれの名前で語られるべきものだと思う。(中略)だから会社に入るときに覚えておかなければならないことは、あなたの職業はあなたなのだということ」
(日比野克彦)

いかがでしょうか?
気が向いたら、後日、「プロ論(才能開花編)」からも抜粋します。

2008年3月30日日曜日

【計画された偶然】祭り

あるテーマに強く興味を持ったりそれ(or夢)に向かって行動していたりしていると、偶然なんだけど、とても偶然と思えないその人にとって好ましい出来事や奇妙なシンクロが起こったりすることをキャリアデザインの分野では【計画された偶然】と呼んでいる。
(↑クルンボルツという人が提唱した、最近のキャリアデザインの主流的考え)

この【計画された偶然】は良いキャリアをすごす人には共通して頻発すると言われているものだが、
最近、この現象がやたらに自分の周りで起こっている。
以下抜粋すると、

たまたま、日経NBオンラインで読んだ記事に早稲田ラグビーの監督の中竹氏(その筋では有名な)コーチ平本氏のコラボレーションが載っていたのだが、中竹氏とは以前飲んだこともある友達で、平本氏は自分のコーチングの師匠でNLPを習得するきっかけになった人だった。またそのコラボ内容もなかなか興味深いアプローチで読んだ時には「さすがあの二人だなぁ。俺もやりたい分野だった悔しいなぁ」と強く印象に残ったのだが、
この間偶然にあるセミナーで中竹氏に遭遇。二人ともあまりの偶然でびっくりしたが、おかげでお茶飲んで記事に関する感想や情報交換もできてしまった。

昨年末ワールドカフェ(以前のbloghttp://www.ekkei.net/2008/02/blog-post_26.html)の体験会に参加したら、日本で初めてグラフィックレコーダーというキャリアを営んでいる女性と出会えたので、興奮して名刺交換させてもらったところ、なんと自分の友人と会社で仲の良い同期だったことが偶然友人の電話で判明。今度友人といっしょに会うことになった。
加えて、最近、仕事の関係で知り合った人(B氏)もその女性と前の会社が同じで知り合いだったことが判明。(ちなみにグラフィックレコーダーとは戦略ミーティングやブレストで話し合われた内容を絵で表現する人をいい、欧米で人気になりつつある職業)

さらにさらに上記の体験会で同じグループになった女性がB氏といっしょにミーティングに現れた。

またまた、その体験会がきっかけで参加したワールドカフェのコミュニティで、1年半前にある研修でご一緒した大阪の(ダイバーシティに強い)ファシリテーターと再会。再会するやいなや前職のパートナーから「誰かいいファシリテーター知りませんか?テーマはダイバーシティなんです」との質問が舞い込んだ。

これ以外にもシャレにならないほど【計画された偶然】やシンクロが頻発している。

いったいどういうことなんだろう。。おもろいね。ほんと。

2008年3月26日水曜日

資格取得、社内資格

以前、会社の教育担当をしていたときにハイパフォーマーの資格取得の傾向を分析したことがあります。

そこからわかった内容は、「ハイパフォーマーは資格コレクターと一致しない」「(しかし)ハイパフォーマーは資格というものを軽視しているわけではない」といったものでした。
もう少し説明すると、
「ハイパフォーマーは、比較的難度が高い資格を、それに関連した業務/プロジェクトを経験した前後に取得している」
これが共通項でした。

本人達に意図を直接聴いたわけではないのであくまでこちらの解釈ですが、
実際の業務経験と一般市場で認識されている知識やオーソライズをきちんとつなげておくというアクションは、本人の幅だしはもちろん、スキルのポータビリティ(トランスファードスキル)化になり、結果的に市場価値の向上に非常に効果的だと思いました。また資格取得の確度も上げられる有効なアプローチでもあります。
頭の片隅に入れておくには面白い情報だと思います。

ちなみにその際のデータ(社員数)は1000名程度で(そのうちハイパフォーマーとしてカウントしたのはたしか20名程度)、おまけに業界はITエンジニアリングなので、どこでも通じる「間違いない!」法則とまでは言えないですが。


NBonlineに社内資格制度に関するコラムが掲載されていました。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/skillup/20080314/150097/
(読むのには登録が必要)
これを書いた吉田典史さん、きちんと現状を捉えた的確なコラムだと思いました。
私の前の会社(なおかつ大クライアント)も導入していて、残念ながらあまりに物騒なテーマなので誤解をさけるために細かい意見は割愛せざるをえませんが(文章って結構誤解を生んでしまうんですよねぇ。。)、
ただ、、社員側のメリットを最も納得のいく形に構築できなければうまくいかないのは確かでしょうね。その資格を得ないとその仕事ができないという業務独占的な資格にして社員が取らざるを得ない様にする手もありますが、私は納得感なく強制されるのは嫌いですし外部統制圧力による支配は圧力がなくなった瞬間に支配は機能しなくなるので、結局は息苦しい縛りあいになってしまうと思います。

2008年3月15日土曜日

聴く力を実感

この間まで講師をしていた研修は、
受講者間のディスカッション演習が非常に多くそれが学習効果に大きな影響を及ぼす構造になっていた。深い気づきや良い発見、アイデアを起こすのには(質を手に入れるには)、ある一定の活発な意見交換(量)は必要不可欠ということだ。

ところが自分の受け持ちのクラスは出だしからおとなしかった。そしてなかなか場は暖まらなかった。

ちなみに今回の研修はキャリアデザインがテーマではあるが、コミュニケーション力向上の基礎的なものが組み込まれていた。「伝える力」と「聴く力」がそのテーマだった。「伝える力」は初日のコンテンツだったが、二人で組んで相手に伝わることをきちんと意識して相互でディスカッションをしてもらうという内容だ。

クラスは初日の「伝える力」セッションをしてもあまり暖まらなかった。

「まずいなぁ。このままではこの研修の効果が低くなってしまうなぁ」
色々とジャブを打っても返りが悪い。自分は顔には出せないものの内心困っていた。

そんなクラスの場が二日目のある時に急に暖まる。
「聴く力」のセッションの時だ。

コンテンツの構造は「伝える力」と同じ。二人で組んで、相手の話をきちんと受け止めて聴くことを意識して相互でディスカッションをしてもらうという内容。
「伝える力」を意識するか、「聴く力」を意識するかだけの違いなのだが、「聴く力」を意識した時の方がクラスの会話量が圧倒的に上がっていた。この現象は正直想定外だったので相当驚いた。

普段コミュニケーションを教えるときに「話す力より聴く力の方がパワフルですよ」と言ってはいたもののこういった効果を目の当たりにしたのは初めてだったので非常に収穫だった。
やっぱり実践は学ぶこと多いなぁ。

論理力を鍛えると勘も冴える

コーチングをしていると、論理力を上げたいという要望が良くあがります。

通常パーソナルコーチングで能力開発を具体的にサポートするケースはそれほど多くないと思うのですが、自分は能力開発の出なので(ストライクゾーン範疇ということで)能力開発のトレーニングにも対応することにしています。

上記のストライクゾーンという定義は、私がキャリアカウンセリングを教えていただいた芦田先生の講義の際に「皆さんはストライクゾーン以外を打とうとしないでください。今後、皆さんはキャリアカウンセリングをするうちに、なまじ士気が高すぎるがゆえに自分の能力を超えた介入をクライアントにしたくなる時が来ると思いますが、それによりクライアントの不利益につながる事が多いのです」と言われた言葉をそれ以来肝に銘じ続けていることです。

(話がそれました)
正直いうと論理力特にクリティカルシンキングといわれる分野では、一線級の方と比較されると情けないほどいまいちな私なので進んでやろうとしないのですが、クライアントの要望が強い場合には、「それでは少なくとも私のレベルにまでは上げておきましょう」と申し上げてお手伝いをすることにしています。

私がよくクライアントに「論理に自信の無い方は勘と閃きに頼る意思決定をすることが多いのですが、実は論理力を上げることでその勘の精度もあがるんですよ。現時点のあなたの勘の精度はもしかしたら未成年期に形成された論理レベルで止まっているいかもしれませんよ。」と説明しています。これは、最近では脳科学者もアイデア創造における有識者も口を揃えて指摘していることですので間違いはなさそうです。ここは最低限のレベルには上げておきたいところです。

面白いのはこの論理力。ある一定の向上を成し遂げた方は色々と明確な変化が現れます。最近の私のクライアントは、発する言葉が明らかにシンプルになりました。無駄な補足説明がなくなったので彼の話は非常に聴きやすいです。さらに面白い現象なのは彼の机の上は整然ときれいになったそうです。これもその効果である可能性はあります。

といいながら、私の机の上は。。。人の論理力向上をサポートする資格はありません。はーっ。。

ファシリテーターって大事だなぁ

今日はある団体のセミナーに参加しました。

その中のセッションにパネルディスカッションがあったのですが、もう一つといった内容でした。
パネラーはそれほど悪いラインアップではなかったと思いますし、実はファシリテーター自身は経験豊かで思い入れもある方なのですが、ファシリテーションがあまり訓練されたものではなかったのが要因のようです。

ファシリテーターのファシリの器以上の価値は場からは出ないのだなと考えさせられました。

人々の知恵を引き出し、それを掛け合わせるのは責任重大だと再認識しました。

自戒をこめて。

2008年3月11日火曜日

一皮むけた人の顔は変わる

後輩との飲みの席でそういう話をした。

自分は身の回りの人のこういったサインをできるだけ見逃さないように気をつけている。

これを初めて意識した時は30歳過ぎのこと。
当時付き合いのあった調査会社の社長(米人)と久しぶりに再会した時だ。再会するなり奇妙な顔して見つめる彼。

自分「ん?どうかした?」
「おまえ何かあったか?」
自分「いいや別に。そういや最近課長代理に上がったかな」
「そうかぁそれかな。いやお前なんか顔変わったよ」

その時はあっちの人は変わったものの言い方をするわいとピンと来なかったのだが、後から考えるとちょうどその時は仕事のものすごい修羅場を越えた直後だった。

どうやら仕事を通して人は顔が変わるのかもしれないとその時は思ったものだ。

その後、カウンセリングやNLPでの人の微妙な表情の変化を感じ取れる訓練を通して、こういった【一皮むけた人の顔の変化】をキャッチできるようになった。また、自分も他者に何回か同じような指摘を受けた。人は仕事(だけじゃないだろうけど)の大きな試練を乗り越えた時、顔つきに微妙な変化が現れる。(かつ、どうやらきちんと目に見える成果も出ることが大事なようだ)

自分はコーチングする際にはこのレベルの変化をクライアントに求めることにしている。そして、その成し遂げたかどうかの兆候をこの顔の変化に求めることが多い。
また、コーチング関係なく周囲の人にこういった【顔立ちの変化】が見えたときには必ずフィードバックをすることにしている。普通の人は自分の表情の変化には気づきにくいものだからだ。

せっかくストレッチな良い経験をしても自分に表れた変化が認識できないと、一皮むけきらず元の顔立ちに戻ってしまうこともあるからだ。それはあまりにもったいない話だろう。

もし部下を持っている人がいたら、部下のストレッチ経験直後の顔立ちの変化に注意してフィードバックをしてあげる気持ちを持ってもらいたいと思う。おそらく世の中には困難を乗り越えたのにも関らず周囲の無関心で一皮むけるチャンスを逸してしまっている人は多いのだと思う。

でも、女性には時々このアプローチは失敗する。

私:「あれぇ顔立ち変わったんじゃない?仕事で何かあったかい?」
相手:「いえ、髪切りましたからね」or「えーっ!太りました?」or「私やつれてます?」

どちらかというと、むっとした感じで返答されてしまう。。

女性は難しい。。

2008年3月8日土曜日

奢ってはいけない

本日は先週と同じテーマの研修最終クールでした。

前回は高テンションまくりでしたが、今回は3日間ずーっと悩みまくりました。
理由はクラスのノリでした。過去の例と比べてどうも暖まりが悪いのです。でもその理由がわかりません。先週と比較して決して手は抜いていません。
「うーむ。なぜだ?先週と同じノリを自分が勝手に期待して俺がクラスに押し付けがましくなっているのか?それともクラスのメンバーの組み合わせの妙なのか?」
でも受講者に責任を帰属させるのはプロとして失格だろうと、克服のために色々アプローチはして見るものの突破口は見出せず終了しました(終盤に過去にない妙なエネルギーのうねりはありましたが)。

「今まで自分は勢いで押し切ってたけれど受講者の可能性を信用すべきでもっと彼らに色々なことをゆだねるべきだったのでは?」
色々と深い反省の気付に溢れた3日間でした。

でも最後の最後で驚いたのですが、アンケートの講師満足度は過去最高のタイでした。
これは全く予想外でした。。全く受講者の評価はふたを開けてみるまではわからないです。
それはそれですが、
肝に銘じたのは「奢ってはいけない」です。おごった瞬間、責任の帰属を他者になすり成長は止まってしまうのだなと感じました。気をつけようっと。

2008年3月3日月曜日

仕事の雑談

今回の研修は想像以上にフィードバックをもらうことができた。研修が良いセッションになるとフィードバックもたくさん貰える。良いセッションというのは、講師の力ではなく(もちろんこちらはへろへろになるけれど)、講師側と受講者側のシンクロの度合いだなと感じる。どんなに気合を入れても受講者と微妙にすれ違うと驚くほど結果は変わる。そこが難しくもあり楽しくもある。

まっこんな能書きはさておき、今回うれしかったコメントのひとつがこれ。

「(仕事に関する)まじめな話をしているのに本当に楽しかった」

これは本当にうれしかった。自分がお願いしたのはまさに

「仕事の雑談を楽しんで」だからだ。

キャリアをテーマに研修をするのにガチガチにカリキュラムで縛るのはやるせない。
元気な会社、元気なキャリアを過ごしている人は例外なく仕事の雑談を楽しそうにする。自分の仕事の話を殆どしなかったり、愚痴オンリーにしてしまってキャリアデザインがうまくいくわけがない。(ひどい環境や仕事をジョークにして笑い飛ばすのはありだと思う。変にまじめすぎてもいただけない)
仕事を忌み嫌う存在にしてしまったら、キャリアの神様も「計画された偶然」を与えてはくれないと思う。
最近、仕事の雑談を楽しそうにする人が減った感じがするのは気のせいだろうか?

そういう自分も若手社員の頃キャリアに悩んで会社や仕事を呪っていたからあまり偉そうなことはいえる立場ではない。だけど、楽しそうに仕事の雑談をする友達を見たり、自分も仕事を楽しむことにしてから「これが本質だな」と考えが変わった。昔は「もっとまじめにやるべきだ」なんて思ったこともあったが遊び心無しの仕事は案外キレが悪いのも経験から学んだ。最近では人が楽しそうに仕事の雑談をするのを聞いてるとなんか心がほっとする。

うちのクラスは今回がっつり雑談まくりだったので、隣のクラスはさぞかしうるさかっただろうが是非とも許してもらいたい。もしかしたら研修のコンテンツや自分のアドバイスよりも、受講者のみんなは仲間との雑談の中からの方が学びは多かったんじゃないだろうか。

2008年3月2日日曜日

うーむ

今日は「アスリートのセカンドキャリア」に関するある大学の研究報告会を拝聴しました。内容は悪くはないが良いともいえないといった微妙なものでした。

「学究の場」と「リアルな現場」には距離があるなぁと感じてしまったのです。
大きな枠組みで政策的に進めるのも必要だとは思うのですが、現実に困っているアスリートに有効なソリューションが展開されるのには何年かかることかわかりません。

大学の研究者も志は決して低くは無いなと思ったのですが、外国のケーススタディリサーチ、あるべき姿の概念化、関係業界への提言という流れには現場のリアリティが感じられないのです。

例えば「アスリートが有している稀有な能力を活かす」というキーワードも「どうやって?」は一切語られてはいませんでした(そもそも稀有な能力は誰にとって稀有なのか?も不在でした)。私としてはここが一番大事だと思うのですが。。

アスリートが、そのスポーツにおいて獲得し発揮してきた優れた能力を抽象化して違う分野にトランスファーできる様にサポートすることがアスリートのセカンドキャリアの鍵だと思うのですが、もう少し具体的なソリューションに落とさないとそれを現場でサポートする人たちを養成できないでしょう。そうなると実際にアスリートがその貢献を享受できるのはかなり先になってしまいます。
資料中にはただキャリアコンサルタントの役割とだけ記述されているのですが、この業界にはそれができる人材は現時点ではかなり少ないといわざるを得ないでしょう。

パネルディスカッションもなんだかわからない展開になってしまっていました。現場でがんばっているパネラーの方々はいい味な感じでしたのでもっとファシってあげれば面白い場になったと思います。残念。

ヨーコゼッターランドさんの「アスリートは自分の世界をちゃんと言語化する様にならなければだめ(やや意訳)」の話、パソナスポーツメイトの八鍬美由紀さんの思いとリアリティのある話は収穫でした。

ただ今講師中

現在、講師中です。

内容は2年目社員のキャリアデザイン研修で3日間気を抜けない講師には結構ハードな構成になっています。この研修は私が開発の時から参画していて、こうありたいと考えるキャリアデザイン研修に結構近いのでやりがいがかなりあります。世間で人気の研修はゲーム要素や診断系をうまく取り込んで受講者の(娯楽的)満足度を高めるようなものが少なくないですが、この研修は殆どガチンコなカリキュラムなので講師のファシリが結構重要なのです。

この研修、4クラスを4人の講師で走らせていますが、それぞれ性格ややり方が違うのに不思議と皆評価が高いです。じゃあ受講者の評価に影響を及ぼすコアな要素は何なのか?今回、講師仲間に聞いてみました。
結論とまでは言えませんが、「成程ね」とうなったのは、【講師と受講者との間にある信頼感が(みせかけの浅いものでなく)本物であること】、【本気だという気持ちが受講者に伝わること】、【場をマネージするのに必要な最低限度の統率力】がこの時出てきました。他にもあるでしょうが、それぞれ語った講師のらしさが出ていてなかなか良い話でした。

私は今回ちょっと熱が入りすぎてしまい、2年目社員にしてはやや複雑な概念的な話をしてしまい、「ありゃー、飛ばしすぎて場が重くなってしまったか。。」と反省気味だったのですが、見事に受講者の方々がキャッチアップしてくれて、雰囲気、ノリの良い場が構築されました。
受講アンケートも心が動かされる様なコメントをいくつかもらい「疲れた甲斐があったぜ」と燃えカスながらテンションが上がってしまいました。

こういった場ができると受講者と別れ難くなってしまうのですが、ありがたいことに打ち上げに呼んでいただき、飲みまで盛り上がってノコノコと2次会まで参加してしまいました(笑)

自分が心がけている「ライブハウスノリな研修空間」が少し実現できました。
受講者に感謝です。