2011年6月13日月曜日

「3.11後のキャリアデザイン」

(注:本内容は某社で実施している1:1のキャリアコーチングサービスのクライアント向けに発行されたメルマガの内容のロングバージョンです)


皆さん、お元気ですか?キャリアコーチの野口です。
本当にお久しぶりな感じがします。サービスようやく再開になりましたね。皆さんと早く再会したかったです。

また、今回の災害により被害を受けられた方々に、心からお見舞い申し上げます。亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、ご家族やご友人を失った皆様に、謹んで哀悼の意を表します。
この出来事がいたずらに風化せず、後々まで語り続けられる素晴らしい変革の契機とならんことを願っております。

さて、今回は震災後初めてのメルマガである以上、ここに触れずにはおけない気がします。
そこで今回の震災がキャリアデザインにどの様な影響を与えるかについて、私が考えた事を皆さんに読んでいただこうかなと思いました。よろしければ少々お付き合いくださいませ(長いっす!)

皆さんの人生にこの震災がもたらしたインパクトはどの様なものがあったでしょうか?

私は幸いなことに深刻な事態に至ることはなかったのですが、それでも、仕事先から何時間もかけて帰宅のために歩き続けたり、相次ぐ仕事のキャンセルで1ヶ月以上の空白期間(もちろん無収入でっせ)を味わったり、放射能の恐怖を実生活で体感し、知人・ネット・メディアから流れ続ける被災・原発事故情報を日々受け留め、様々な体験を通して人生の様々な面について深く考える事ができました。子供のこと、家族のこと、仕事のこと、仲間のこと、生活のこと。ここで考えた事は今後の人生に大きな影響を与る原点のひとつとなることでしょう。皆さんにも私と同じ様な日々を過ごされた方は結構いらっしゃるのではないでしょうか?

ここ最近に関しては、まるで震災が無かった様に、日常の動きに「戻ろう」「戻ろう」とする力が強くなっているのを感じます。当然、そのことは悪いということではありません。社会が安定を取り戻す事と経済活動の回復は非常に重要で、状況的にも強く求められている事でもあります。ストレス高い生活をし続けた人は慣れ親しんだ安定を、意識的にしろ、無意識的にしろ、求めるのも自然なことです。

ただ、こういった安定に向けた反動の作用には注意を向ける必要があると思います。なぜならば、たとえ一見しただけでは元の状態に戻った様にしか見えなくても、それは元に戻ったわけではなく、実は今までと異なるフェーズに移行しているケースがあるからです。我々は、こういった感じにくいが後々に決定的な差異をもたらしかねないトピックに敏感にならなければなりません。その様な鋭敏性がその人の人生に質的な差を作っていくのだと思っています。

今回は、震災とその後の騒動が契機となって起こっているキャリアのトピックを3つ取り上げてみます。

一つは『日本がリアルに危機を体感したこと』、二つ目は『人生において意思決定の場面が増加していること』、三つ目は『社会基盤の不安定・不確定さが明白になったこと』です。

先ず一つ目からですが、今までの日本で「理性的に推測すると日本は危機的状況だろう」という言葉はそれなりに語られていましたが、実際に危機を強く体感する場面は日常に殆どなく、ある意味、『ゆでガエル現象』となっていたと思います。「いずれ日本は活力を失って徐々に衰退していくんだろうな」と思いつつ、でも多くの人は特べつに変革の為の行動をするわけでもないという日々が続く状況だったのではないでしょうか。

でもこの震災は日本の危機をリアルに感じる契機になりました(東日本以北だけかな。。)。なまじ体感できない危機というやつは本当に対処が難しいのですが、我々は今回その危機を強いインパクトをもって体感しました。何かが変わるとしたら今がその時期なのかなと私は思います。そして自らを大きく変えていく人々が(主流になるとは言いませんが)今後確実に増えてくると予想しています。さて、天はトリガーを引いた気がします。皆さんはどうしますか?

二つ目に思うのは、3.11以後は、日常身の回りで意思決定をしなければならない局面が非常に増えているということです。「電車をあきらめて歩いて帰るか」「普通に生活するかこもるか」「家族で一緒にいるか妻子だけ逃がすか」「子供に与える水食料をどうするか」「仕事を通年計画通りにやるか」「政府や東電を信じるか?理由は?」とてもとても書き出しきれません。以前の生活であれば決断せずにうやむやに後ろ回しにできたものも、その場その場で逃げずに意思決定することが求められます。この時代この局面、何かを判断する時の絶対解は存在しません。間違っているかもしれないけど、自らが何らかの理由に基づいて自らの意思でとにかく決定していかなければなりません。そしてその為には、自分自身の中に人生を判断するための軸、基準をしっかり作りこんでおかなくてはならないのです。震災以降、意思決定の機会はより増えています。そしてその意思決定の質は皆さんの人生の質を変えるでしょう。皆さんは人生・キャリアを渡っていくためのぶれない軸を作り込んでいらっしゃるでしょうか?

そして、三つ目の社会基盤の不安定・不確定さが明白になったこと。
日本の社会インフラに揺らぎが生まれるなんて誰が思っていたでしょうか?
「インフラである、電力網・交通網・水道・サプライチェーン(・情報システムも?)が大事なのは分かるけど日本は長期間安定していて、インフラの存在意義って言われても正直リアルにはピンとこないよ」日本はそういう社会でした。企業にしても時間経過に基づく栄枯盛衰は当然ありますが、ある程度の規模の会社は比較的安定した経営を積み重ね、怖いのは間もなく来るらしいグローバリゼーションの波かなといった具合。

この様な前提においては、キャリアデザインのアプローチも、あえてざっくり表現すると、「この安定した社会の中で、個人がいかに機動してより自分らしい人生をおくるか?」という観点のものがメインストリームでした。いうなれば安定した社会を泳ぐ技術としてのキャリアデザインだったので、これもざっくり言うと、自己分析して自分らしさを特定して個人の夢を真直ぐに追求して行きましょう!的なやり方で良しとしていたと思います。でも今回の事態で、我々が安定的要素とカウントしていた社会環境の脆弱さを目の当たりにしてしまったわけです。どうやら我々は、この考慮する要素を絞った、やや単純化したキャリアデザインのやり方を少し見直す必要がありそうです。意識すべき視点をより広く、より深く考えていかなければならない気がしています。

実はこういった事は以前からも語られてはいましたが、それには思考する力が強く求められるので、多くの人は自身のキャリアをきちんと考える事を放棄して、より頼りがいのある組織・企業に所属して日々の仕事を一生懸命こなす事で自動的にキャリアを安定させるという戦術を取りました(私も!)
ただ、この戦術はもう機能し難くなっています。大樹に寄ろうとしても根っこがグラグラしていたりして実は不安定極まりない木(組織)がいかに多い事か。。(今回の東電さんを見てどう思われますか?彼等は何十年も超安定企業として認知され、優秀な学生しか入れないエリート集団として君臨していたのですよ。ポテンシャルのない人はいなかったはずです)。バブル期入社の私からしたらまさに想定外な時代としか言いようが無いくらいです。

変に安定しきった茹でガエルの社会においては『想定外は来ない』という考え方がまかり通っていましたが、今回我々は『想定外は来る』という事を、また『想定外という思考停止がいかに危険か』を身をもって知ってしまいました。我々はこの思考停止から抜けてきちんと考えるという事が本当に重要なのだと意識する事になりました。
我々は、不安定な社会を生き残るために、深い思考をもって多様な角度から自身のキャリアを考察しておかなければならなくなるでしょう。

さて、私が考える震災以後のキャリアデザイン上のトピックスは3つでしたが、いかがだったでしょうか?

大変長々と書いてしまったわけですが、キャリアデザインに際して震災以降から特別に新たなものが加わるわけではありません。私が挙げたこれらの観点は、しっかりとキャリアデザインをされてきた方は既に折り込んで考えていた要素でもあるのです。
ただ、これからは、本質的なキャリアデザインをする事が、皆さんにとってより必要と思われる時代になっていくだろうと私は考えています。(実はそういったニーズを感じている方がもう実際に増えてきています)

もう一つだけ加えて言うと、『キャリアとその人の人生がより近くなる』といいますか、より双方が統合されたものとして扱われることを人が強く求める様になる気もしています。

皆さんは、震災以降、自分のキャリアの在り方に揺らぎは生まれていませんか?見つめ直す必要は感じていませんか?一度、時間をとって、考えてみてはいかがでしょうか?意義深い時間になるかもしれませんよ。


最後に、最近クライアントや知合いからもらった、『この震災が契機となって考えたキャリア』についての言葉をシェアさせてください。

「もう以前の様にマシーンのごとく日々与えられる仕事をただ黙々とさばく生き方はできないかもしれません。自分の人生と仕事と会社の関係に明確な意図を持って過ごしたいんです」

「今回の震災で身の回りに色々なことが起きました。でもそれを通して自分がライフやワークでやれることが実はかなりあるし自分はそれをやりきれる能力があるんだということに気づきました」

「こんな毎日が不安な状況でも、子供を預けて仕事に行かなければならない自分がいる。正直そんな生き方どうなのかなとも思った。でもどうせそうすると決めたのならば、子供に胸をはれるような仕事をしなければと思いました」

キャリアがより人生と強く結びついた話が様々な所で聞こえてきています。

そして、これは電通の社員の方で現在被災地にむけた支援活動をされている方が語っていた言葉です。

「昔はこの様な事があると、何々会社として何をすべきかが語られましたが今は違うと思います。今は自分が社会や時代に対して何をしたいと思いそれを自分の所属している組織でどの様に実現するかを考える時代なんだと思います。実現の仕方はなんだっていい。組織で出来なければその分を個人で他で補えばいい。決めるのは自分です。だから僕は会社がどうかではなく、この人が何をしたい人なのかで、組むかどうか決める事にしています。」

昔でも同じ発想の人はいらっしゃったとは思います。ただ、意思決定の主が自分という個にあり、自分という個が何かを成し遂げるために場に働きかけていく。決して場からの刺激で動くのではなく自分が刺激して場を動かしていく(そして、活性化した個が個に閉じず、再び良質なコミュニティを形成していく流れも起こる)。私が理想としているキャリアの在り方もここにありますし、3.11後のキャリアデザインでより多くの人がこういったキャリアの在り方を模索することになるのではないかと考えた次第です。

追伸1:
東北で被災にあわれた方の中でキャリアを再開されている方が出始めています。工場で働いていた方が、ラインが再び動き始めた時に見せる活き活きとした顔、漁師の方が、漁再開のために手に入れた船を見つめる時のやる気に満ちた顔、人は仕事を取り戻した時に人としての強さを取り戻す事もできるのだなと改めて感じました。聞くところによると、今被災地で近頃最も望まれているものは、支援物資や支援金、ボランティア以上に、仕事だそうです。

追伸2:
現在、サービス再開直後で予約が混んでいる状況が続いており、皆さまにはだいぶご迷惑をおかけしておりますが何卒ご容赦ください。新規のお申込みも多く、自らのキャリアライフをしっかり考えたいという想いが尽きることは無いのだと改めて実感すると同時に、その様な想いをしっかりと受け止めてサポートできるよう日々研鑽して参ります。

何かご要望や質問ございましたら、お気軽にお問合せくださいませ。

以上です。

それでは皆様、また会いましょう!

2011.3.13追記
本内容は少し前に記述したものですが、既に時勢的にやや鮮度が落ちている印象があります。
人の意識の移りやすさは恐ろしいものです。
今回の事を風化させない心を保てますように!


2011年4月27日水曜日

3.11後あれこれ

3月11日に起こった地震より1ヶ月半経過しました。

地震や関連する騒動のショックにより、社会経済及び企業活動の自粛ムードが起き、
色々な事業に関わる小規模事業者は干上がった状態になってしまっていましたが、
まもなく5月になる今日この頃、入ってくる案件もだいぶ本格的回復に向かってきていると実感しています。

案件の戻り具合を見ると結構興味深いものがあります。

私は最近は企業向けの教育ソリューション(まぁ研修)と企業のトップからミドル向けのコーチング、組織変革・活性系のサポートが仕事の大部分なのですが、

トップ向けのコーチングは、震災対応のドタバタが収まると通常通りに動き出しました(セッションの中身は総じて深い内省に至る場合が多くなりました)。

組織変革・活性系のサポートも、ドタバタ収集後すぐに事前着手の動きが活発化してきています(3.11以前よりもむしろニーズは大きそう)。

ミドル向けのコーチングはケースバイケース(私のクライアントは平常になっている)。

一番帰りが遅いのが企業研修の分野、若手向け施策といった具合です(会社さんによっても濃淡あるそうですが)

これには色々な解釈の仕方があるのでしょうが、

私は(あくまでも)個人的に、

「本当に経営に必要と思われている度」

なのかなと感じてしまって、キャリア的に色々な気持ちが心をめぐった一ヶ月半でした。

震災対応で忙しくても時間を作って思考を練る経営層、リーダーの方々にリスペクトを覚えつつ、

「(でも研修や若手向けの取組みにも、同じだけの必要性を感じ情熱を注いでいるんだけどなぁ。。)」

「自分のキャリアの今後をどこにフォーカスしていくべきなのかな?」なんてね。

まぁ、繰り返しますがこの現象には様々な理由が考えられますから一方的な主張をし過ぎないように気をつける事と致しましょう。

ついでなので、
空いた(空き過ぎた)時間に、仕事と関連してきそうな環境変化と仕事への直接的影響なぞもつらつらと考えました。

そのなかでとても心に残ったのは、
①ここが日本に関わる色々な変革の分岐点となる?
②今回の災害に絡んで新しいパラダイムの芽を持った人が多く現れる?
③キャリアデザインにおいて、生き方がより重要なテーマとして扱われる?
④社会の公器としての企業のあり方をより深く考えなければならない時代に?
という点でしょうか。

一個一個は深く言及しませんが、なかなかに自分のキャリアに大きな影響をもたらしそうなインパクトを持っていそうです。(これからが楽しみですな)


追伸

ちなみに、ここで上げた考えですが、日本全土に適用できるような話ではないとも言えるでしょうね。

色々な友達と話をすると、西日本は少々3.11の受け取り方に東日本と温度差が多少ありましたし、神戸震災を体験されている方は非常に多様な受け取り方をされていました。

総じて均質均等がグローバル的な特徴だった日本も色々な差が大きくなって行くのでしょうか。。

2011年3月18日金曜日

偶然出会ったおばあちゃんとの会話で思った事

昨日、近所をぶらぶらと歩いておりました。

この地震の影響で仕事に絡むアポがまぁ見事なくらいに吹っ飛んでしまい自宅作業になってしまったのですが、一人で粛々と作業ができるタイプでは無いので様子を見に外出したわけです。

スーパーに顔を出しましたが、噂に聞いていた通りにコメと卵が一切ありません。
災害の影響を殆ど受けていないので流通は比較的確保されやすい新宿なんですけどね。ここは。

どうやらこの動きの主役は老人の様です(勿論例外はあります)。北新宿は老人が多いのです。
自分は「彼らはピュアな生存本能に揺さぶられているのかなぁ」なんて思っておりました。

帰り道、道の途中で立ち往生しているおばあちゃんがいました。どうやら荷物が多くカートが引けなくなっている模様。別に急ぎでやることも無いので、自分がカートをひいておばあちゃんの家の前まで送ることにしました。

荷物をよくみると、お買い物したものが大量に入っている。

「うーむ、この婦人はあの買い占め系の一人なんだな」と心でそっとつぶやく。

「昨日も朝早くから並んで大変だったんです」と晴れやかに一仕事終えた満面の笑みでおばあちゃん。

「うーむ。微妙な気持ちありで、この笑顔と対等の笑顔は返せんなぁ」とまた心内でつぶやく自分。

でも道すがらおばあちゃんが色々と語る話を聴いていて、少しづつ自分の心境に変化が起こり始めました。

彼女は娘と孫の3人家族。彼女の担当はおそらく家事。彼女には自分の生にしがみつく表情は感じられない。自分の話はしないで家族の話ばかりしている。
どうやら、彼女はこの危機に際し自分が家族のためにできる明確な使命と判断してこの行動をとっている様です。(仕事柄、使命感を感じ活き活きとしている顔はよくわかる)

家の前まで着くと彼女は私の顔をじっと見て、
自分の名前と住んでいるマンションの部屋番号をはっきりと伝え、
「何かあったら是非来てください」と言いました。

それは、せっかく知り合いになったから遊びに来いといったニュアンスではなく、困った事があれば頼って下さいというメッセージでした。
そこには弱い者がサポートを受ける様ではなく、お互いに助け合いましょうというスタンスが示されておりました。(サポートを提案してもらった私の方が恐縮してしまいました)

こういう事態での買い占めは良い事ではない。それは間違いない。
でも人は自分の知り得る世界観(メンタルマップ)で最適行動を取っている。買占めをする人の心理を単純化して非難するのはよそうと心に思いました。

少なくとも僕の出会ったおばあちゃんは利己的な生への妄執で買占めをしていたわけでなく、自分の感じ取れるコミュニティエリアへの愛が動機でした。一つの犠牲行動でもあるわけです。手段は問題あるかもしれないが、彼女の愛を非難するのはフェアでないなと思いました。

願わくば、そういった動機で動かれている老人(少なくない気がします)のファミリーの方々には、彼らの動機の純粋な部分に感謝と愛を十分に伝えつつ、「そんな事しなくても大丈夫だよ。いざとなったら自分が体張るからね。ありがとうね」とやさしく言ってあげてくれるとうれしいです。


地震からもうすぐ1週間たとうとしています。早いものですね。ただ、未だに災害は現在進行形で存在しており、過去の事にはなっていません。僕は今感じている、大事だなと思っている事をできるだけ長期間忘れないでいようと思っています。

2011年2月2日水曜日

5年目突入!

会社を辞めて独立してから昨日で満4年。

本日(2/1)から5年目に突入でございます。

知り合いにこの話をすると、

「もうそんなにたちますか!」と殆どの人に言われます。

私にとっても、あっという間な感じです。

でも振り返るとあんがい色んなことがありました。

独立するなり娘ができて親になっちゃったり、いきなり痴情絡みの踏み倒しに会ったり(ちなみに僕の痴情じゃありませんぜ(笑))、仕事のポートフォリオも多様になってきたり、昨年は自己ビジョン(&働く意味)にも変化が起きたり。。(この4年間で感じたことを改めて整理してそのうちブログにのせますな)

受講者やコーチング等で私がアンケート等で把握できている人数で言えば、少なとも1500人以上の方と交流することができました(この仕事では決して多いとは言えませんが。。)。

色々はありましたが、仕事とクライアントと仲間にこの4年ずーっと恵まれていたと思います。

感謝、本当に感謝です。

自分はこの恩義に対して期待された成果をお返しできていたでしょうか?真摯に振り返ってみたいと思います。

それでは皆様こんごともよろしくお願い致します。

2011年1月23日日曜日

ソーシャル・キャピタルを引出す若者

昨日、今日と偶然に非常に心地のよい若者に会いました(若者と言ってもそこそこ年ではありますが)。

一人は女性、一人は男性。世代も人生経験もばらばらで共通点はありません。

特徴的な共通点は、相手への配慮(偽物くさくない誠意・誠実さと言ってもありかな)、知的好奇心が高いといった感じでしょうか。

それ以外にも奥底に色々とポイントもありそうです。
(例えば、相手の話と自分の体験をつなげて直ぐに使える次のヒントにしようとする姿勢とかね)

まっ今日はそういう資質を論理的に説明する意図では無いので軽く流すとして、

最近、年齢も増えてどうひっくり返っても若者とは言えなくなってわかってきたことは、社会が蓄積している関係性資本(人脈とか知恵等々これをソーシャル・キャピタルって言うそうですが)を手に入れやすい人と手に入れにくい人が存在しているなぁという実感です。

人に心地のよい印象を与える若者もそういう人の一人だと思います。

なんか見返り無しにサポートしてあげたり知恵を貸したくなるんですよね。

人にそういう気持ちにさせる事で得ることができた大小のものの積み重ねは相当なメリットを人生にもたらすのでしょうね。

(とはいえ、それを打算づくでやってもうまくいかないものだのですが)

ちなみに私はそんな若者で無かったです。

加えて、今、自分がサポートしたいと思ってもその若者達はNo Thanksと思うかもしれませんがね。

わっはっは。

2010年12月31日金曜日

2010年終わります

もう2010年も終わりになりますね。

今年も皆さんにお世話になりました。改めて御礼を申し上げます。

今年1年を表そうと色々考えたのですが、あまり気の利いたものがまだ出てきません。

派手な年では無かったなと感じます。愚直に汗をかいた(比喩ですよ)年だったかもしれません。

派手な年では無かったというのは、あまりクリエィティブなワークが出来なかった感があるからです。

愚直な部分は、主にコーチングを仕事の柱として多く取組んだ年だった点といえましょう。

ただ、今年は昨年より迷いは少なく、一つ心理的に抜けた感があります。一つの節目を越えようとしている感覚を持った年でした。

それを実感している分、やるべきだと思ったことをひたすらねちっこく継続しました。

ねちっこく取組んだのが主にコーチングという分野でしたから、今年後半は自分でも少々テンションの低く妙に落ち着いた雰囲気になっていたようです。
よく「元気ないですねぇ」と声をかけられました(ぜんぜん普通だったのですが(笑))。

盛り上がり、メリハリはあまり利いた年にはなりませんでしたが、自分的にはなかなか満足のいった年になりました。

そしてまもなく独立してまる4年となりますが一つのサイクルが終わった感覚を感じています。

そして来年は新しい節目の年になりそうです。

なんか凄い楽しみです。

とか何とか書いているうちにもうすぐ新年になりそうです。

皆様よいお年をお過ごし下さい。

そして互いにインスパイアーしあいましょう!!

2010年11月12日金曜日

良い場所に辿り着くには(コメントにお応えして自分のケースを)

正義や公正さが語られず、顧客への愛も語られず、夢も語られず、愚痴や他者の非難がいっぱいの組織は長くいたくはないですよね(でもこういうのって、案外悪気なく無意識で行われているんですよね) 

こういうのにどうすれば巡り会えるんでしょうか・・・? 自らコントロールできるもの(感情)を変えたほうが良い、等と言われますが、やはりどうしても合わない上司との関係はとても辛く感じます。
最近燃え尽き感が強い昨今です。会社をやめてしまうくらいに考えないといけないのか・・・


珍しくブログに(SAさんから)コメントをいただきました。読んでたら気持ちが上がってきたので長くなっちゃうからブログにしますね。



「口で言うのは簡単だけど、実際はねぇ」って感じですよね。
自らを変えるというのもコミュニケーションの理屈的には正しいですが、辛いものは辛いです。辛さが高すぎるとなかなか気持ちを制御できないですよ。

私もこんな状況が何年も続いて、ぶっちゃけ、だいぶ腐ってどす黒くなっていましたから気持ちすごくわかります。

ただ、私の経験で言うと、でも諦めちゃ駄目って感じですかね。諦めたら環境に巻き込まれてそこで終了です。そんな人を何人も見てきたし今も見ています。

それと、ささいな事でもいいから行動するってことでしょうか。


諦めず自分の想いを発信する、「同じ想いの言葉」を発する人を探す、そんな人と呼応する、そういう時間を必ず確保する、それもできるだけ長く。onタイムで駄目ならoffタイムでもいいから。

そして、そういう連中に認められる様にこっそり自分を磨く。

そして、折角だから仕事の時間もそんな時間に変えてしまうために知恵を使う。

って感じですかね。

自分のケースでは、

最初はひょんなことから社外でそういうコミュニティを見つけました(ただの社外研修です)。そんな連中と話していると本当に落ち着いて「ああ。ようやく真っ当な場所に辿り着いた」と感じましたっけ。

そして、少し心が安定したので(自分を変えられる余裕ができた様で)、社内で構えず同じように想いを呟いてたら、案外周りにも同志がいることがわかりました。(驚いたのは入社時に出会った少々違うタイプと思っていた先輩が、気づいたら一番の仲間になっていました)

そして、OFFで喋っているだけじゃつまんなくなって、せっかくだからそんな想いを仕事でしゃべっていても不思議じゃない場所を作ろうとしてねちっこく活動してたら10年目位にそんな場所ができあがりました(10年です。長いでしょう?())。

実はそれからも紆余曲折あったのですが、基本はハッピーなキャリアにトレンドが変換した感じです。そして、気づいたら、さらに想い強くなって独立しちゃいました()

今思うポイントは、諦めなかったこと尽きるかなと。そしてそれを仕事で実現できるように知恵を尽くすってかんじでしょうか。どうせ頭使うなら、適応や我慢用じゃないところにしたいですものね。(自分にやりたいことなら知恵は凄く回ります。これ経験談)


さて、これはあくまで一個人の例です。SAさんに合わない場合もあるかもしれません。
でも諦めないでくださいまし。

先ずは、自分の心が落ち着く時間と場所をなるべく身近に確保することかもしれませんね(心が落ち着くというのはレジャー的に抜くってことではなく、心の想いを誰かと交わすってことが大事です。)

SAさんオリジナルなハッピーストーリーができることを祈ってますね。

2010年11月10日水曜日

キャリアコーチングで感じたこと

以前勤めていた会社にキャリアコーチングサービス(1:1でキャリアデザインの相談を受ける)を提供してもう3年以上になります。

当初は予想に反してなかなか申込が少なく、心配もしましたが徐々にクライアントも増え始め、だいぶこのサービスも組織に定着してきたかなぁと嬉しく感じています。

昨日もサービス提供日でしたがなかなか良いセッションが多かった気がします。

その中で感じたことを二つ。

一、
とかく企業組織では、
「上司の話では筋の悪い仕事らしいので。。」「先輩のアドバイスでは今度の上司はろくな人じゃないらしいんです」「今、場を乱すような発言をすると評価で損するよ」
といった、仕事上の噂が多く飛び交うものですが、そういった他人の評価や噂を無条件に鵜呑みにする仕事人生は止めた方がいいですね。自分の目で見て、自分の頭で判断した方が良いと思います。

人の好みはや仕事の耐性は様々ですし、自分で物事を判断しない人生を長く過ごすと意志の力が弱くなってしまいますからね。案外、人の逃げまわるところに美味しいものが眠っているかもしれません。

ちなみに、前の会社では私が手を出す前は誰もキャリアの相談サービスを会社に導入しようとする人はおらず、「面倒くさそうな仕事」とスタッフ組織に思われていた案件だったそうです。

私はその仕事が無競争下でやれて幸せです。


二、
「自分が正しいと思うこと」「自分が興味を感じる話」「自分がわくわく感じる話」が普通に溢れている仕事の場にできるだけ身を置くことが望ましいなぁと思いました。
その人の考えが正しかったり、素敵な夢を持っていても、それが誰にも発信できない場所にいるとエネルギーもわかないし、研鑽意欲も下がりますからね。

その仕事場で普段どんな会話が自然になされているかを知ることが何気に大切なことかもしれません。
正義や公正さが語られず、顧客への愛も語られず、夢も語られず、愚痴や他者の非難がいっぱいの組織は長くいたくはないですよね(でもこういうのって、案外悪気なく無意識で行われているんですよね)

2010年10月11日月曜日

声が良く聞こえない時があった

この間実施した研修講師の事後アンケートを拝見する機会がありました。

(全ての研修において講師が事後アンケートの結果を知ることはできないのですが、今回の研修は私の元のお里である会社であったため機会を頂戴できます)

その中の一人のコメント欄に、今までお目にかかった事の無い文言を発見。

「声が良く聞こえない時があった」

初めての事だったのでこっそりショックを受けました。
(想定外だったのでインパクトが強く、、)

どちらかと言うと、自己認識では自分の声は通り易いと思ってました。
(実際にそう評価される事も多かったものですから)

ショックの後、よくよく考えて思いついた理由がありました。

それはその研修の定員が30名を超えたものだったということです。

自分が取り扱う事が多いテーマは、
受講者の意識や活性化に働きかけるものが多いので、ここ最近は
(最近の傾向的にも)30名未満の定員でやる機会が殆どでした。

アンケートに回答された方は記憶では正面の一番後ろに座っていました。

知らず知らずに声のボリュームを最適化していたのか、
元々自分の声の届く最適なエリア範囲が30名未満のものなのかは不明ですが、
自分の現状を知る上で大変参考になりました。

こういったものって、無意識化していてなかなか気づく機会がありませんからね。

本当に良い機会でした。

でも、正直言って、ネガティブな評価やコメントって反射的に反論したくなりますね。
自分の反射的な感情なのでしょうがない部分もありますが、
それをうまくマネジメントすることで
意味のある気づきや深い学習が促進できるんだよなぁ。。
(それこそがEmotional Intelligenceだという話)

自分の度量を試される修行でもあります。。

2010年10月10日日曜日

グローバル化を見る角度

ダイワ証券さんのCMでも取り上げられている、

Playing For Change(音楽を通して世界をつなぐプロジェクト)」

のエピソードに魅入られました。

「Don't Worry」



最近、経営者/経営幹部の方々とグローバル化を語る機会が多く、やはり日本企業ではグローバル化を危機と捉えていたり、心配の種という文脈で語られる事が多く、私自身もその様な思考で捉えがちになっていましたが、

世界が繋がるということは、暗い側面だけではなく、夢広がる明るい側面も同時に内包していることを忘れてはいけないと改めて思いました。

インターネットが気楽に使える様になったときに感じた世界と繋がるワクワク感、旅先の外国で家族とチャットをした時に感じた、距離を超えて家族と直ぐ近くで気持ちを交わした時の感動を忘れてはいけませんね。

一つだけの視点に囚われると不幸な気持ちが大きくなってしまいますからね。