2010年2月8日月曜日

課長


なんのことかわからん題名ですね(笑)

自分としてもどんな題にしたら良いか思いつきませんでした。


私は入社した際、会社組織や当時の仕事文化に溶け込むことが出来ず、相当苦労した経験があります。(いわゆるエントリーショックっていう節目をうまくクリアできなかったわけです)


その際にその最も象徴的な存在だったのが当時の課長でした。


その課長は仕事と肉と酒が大好きな人でした。


私は慣れない文化、ハードな労働環境、SEというキャッチアップしにくい仕事でめちゃくちゃにイライラしていましたから、よくその課長にケンカをふっかけておりました。


「課長、なんすかこの職場は?こんなひどい職場は聞いたことも無いです。おかしいんじゃないんですか?」


「んー、そうか?俺は仕事好きだぜ。」


「俺はこんな仕事ありえないと思いますね。みんな不幸じゃないですか」


「いや、俺はおまえを認めてないしさ。そんな奴の話を聞く気になれないね」


「。。(ぎりぎり)」


と言うような会話が飲み屋で繰り返されていましたっけ。


そんな課長は私が入社した年度の末に職場で倒れてお亡くなりになりました。


この事件は私の仕事観に大変大きな影響を与えました。


「当時の悪の象徴の様な存在が自分が好きだと言っていた仕事に殺された。」


強烈なブラックジョークとして私の中では解釈づけられました。

その他にも、ここでは語れないようなキャリアのブラックな側面に関する見解が私の辞書に大量に書き込まれました。

それは長い間、私と仕事の関係性に大きな影を落としていました。


幸いにも、その後にいい仕事やいい仕事仲間にめぐり合い、自分のキャリア観も成熟して、仕事との関係は徐々に回復していくことができました。


でもあの課長の存在は自分にとって反面教師として残り続けました。ついこの間までは。。


最近、彼と言う存在の定義が自分の中で微妙な揺らぎを生んでいます。



当時は、未熟なキャリア観で彼を断定的に評価していましたが、

少なくとも彼は「仕事が楽しい」と言い切っていました。


これだけ仕事人生を生きてくると、「仕事が楽しい」と断言する40過ぎの大組織のサラリーマンはそんなに多くいない事くらいわかってきます。


そういう人に、いまの私が何の先入観を持たずにお会いしていたら、非常にほほえましく感じていたでしょうし、「その年でそこまで断言させる仕事の魅力って何なんですか?」とチャンスがあればお聞きするのは間違いないでしょう。


当時の先輩は飲みながら、「あの人、あれはあれでいいところもあったし、それなりに魅力もあったんだぜ」とやさしく諭してくれもします。



この間、シャワーを浴びていたら、突然、


「そもそも、1年も付き合わなかった大嫌いだった人を自分はなぜこんなにも長い間自分の心に残しているんだろう?これって意味の深いことなのかもしれない」


と頭に浮かんできました。


彼がお亡くなりになった年に自分がもうまもなく到達しようとしています。

2 件のコメント:

おがじゅん さんのコメント...

ふむ。興味深い話ですね。つっかかっていった、覚えていたということは、彼に対して、「楯つく価値がある」「聞いてほしい」という気持ちがあったのかもしれませんね。

エッケイ さんのコメント...

うん。今の僕の解釈では、

あの人の考えが全く間違っているということはありえなくて、一つの価値感だったんだと思う。

人は若い時には自分の(偏った)価値感を元に全てを判断しようとするけど、年を取ると色々な価値感の存在を認めてそれを全体的に捉えようとするらしいんだ。

そういう時期は来ているのかなと。。