2009年1月9日金曜日

やらないというリスク

今日ニュースを見ていたら、オバマ大統領がこんなことを言っていたそうです。

「このまま何もしなければ、この景気後退は何年も続くだろう。(だからこの対策を打つんだ)」

それを見た時に会社員時代のあることを思い出しました。
それは、私が管理職になるためのアセスメントを受けることになった時の上司のアドバイスです。

「リーダーはもちろん色々なリスクを考慮に入れて行動しなければならないが、案外忘れられているリスクは、【それをやらないことで起こるリスク】なんだ。人はリスクを避けるために行動をしないことを選択する事が多いけど、実は行動しないこと自体がリスクになることを考慮に入れていない人が多いもんだよ。」

これは、行動する前にいちいち理屈をつけて消極的になるクセがあった私にはインパクトのあるアドバイスでいまでも肝に銘じています。

勿論、なんでも考えずに行動すればいいってもんじゃないです。それは今でも私の嫌いなやり方です。
でも行動しないことで失うことをきちんと意識しておくことは絶対必要ですよね。行動しない決断をしてそれで失うものが出たとしたら、その責も負うてこその決断ということなんだと思います。

さて、日本の政局はどうでしょうか?事を荒立てないように国民の機嫌を失わないように余計なことを(行動を)しないことを選んでいる与党。ヘタな発言をして追い風を変えたくないのでひたすら与党のあげあしを取ってこの厳しい環境を切り抜ける提言(行動)をしない野党。
行動しないことで失うモノを意識してくれているといいのですが。。

会社でも家庭でも恋愛でもこういうことってあると思いませんか?

決断することを恐れて決断しないままにしているというのも、実は重要な決断をしているってこと何ですよね。

2008年12月31日水曜日

効果音が我々に与えている影響

皆さんは普段テレビ番組で使われている効果音にどれ位注意を払っていますか?

何かに正解した時とか、番組のキーワードが登場する時の「ピンポーン」とか「シャキーン」とか「パンパパパーン」という類の音のことです。

結構、意識しないで重要視せず流してしまっていませんか?ちなみに私は殆ど注意を払っていません。

このことに改めて気づくことになったきっかけは一歳ちょっとの娘からです。

家でテレビを流していると、娘が必ず私が意識しないタイミングで度々テレビを振り向くんで、「いったい何に反応しているんだろう?」と注意深く観察してみると、それは何かの効果音が入る瞬間だということがわかりました。

我々はこういったテレビ手法に慣れっこになって、良くある効果音に関しては意識せず聞き流してしまっています。(娘はこういった慣れが無いのでいちいち意識でそれらのメッセージに反応しているわけです)
ただ、こういった効果音は何気に何らかの影響を我々の無意識に確実に与えています。
「なんかあのCM印象に残ったなぁ」とか「あの番組では重要な事実が判明したなぁ」とか番組コンテンツのレベルと相関しない形で(要するに大した内容じゃなかったのに)妙に印象や情動が心に残った場合、そういった無意識でだけ受け止めてしまっているメッセージが影響を与えている可能性があるので注意した方が良いなと感じました。

一種の軽いマインドコントロールですからね。まぁ、すごい心理操作まではできないでしょうが、こういう無意識レベルになってしまったものを、一度意識のレベルで認知するということは重要なことだと思いました。

2008年

まもなく2008年も終わろうとしています。

独立2年目の本年も多くの人の助けや信頼をいただきながら無事におくることができました。
この場をお借りして感謝を述べさせていただきます。
「支えてくださった皆様、本当にありがとうございました」

私の2008年は昨年の流れを引き継いだ形で推進した1年だったと思います。
事業としては安定した年ではありましたが、当然、課題もありました。

年初の目標では新規のお客様の割合を今より増やしたいとしていたのですが、新規ルートを拡大した割には実際の案件につながる数は想定よりは多くなかったというのが実際のところでした。

でもこれは考えてみたら当たり前の話ですよね。潜在顧客がすぐに実案件になるなんて虫が良すぎました(笑)

私の仕事は人の成長を支援する仕事ですから、お客様やパートナーに私自身を良く知っていただいて、相互の信頼関係を深めることが最も重要なはずなんです。
そういう仕事における本質的なことと、単純にビジネスを拡大するという経営発想を別物で考えてしまった愚かさがあったかもしれないと反省しました。
こういうのは焦らずじっくりやっていかなければなりませんね。

ただ、そんな中でも今年は、「磨けば光りそうな何かの原石」もいくつか手に入れることができた様な気がします。

「想定していなかった新たな仲間を得る事ができた。その関係で新たな分野の仕事ができそうな気配あり」

「密かに自信を持っていたスキルを一部ソリューションにしてお客様に導入したところ、想像以上の手ごたえを感じることができた」

「信頼している仲間の縁で、自分の得意技を未経験の業界で今までに無いソリューションという形で進化させられるかもしれない」

こうやって今年を振り返りって、来年は、

「自分がこれまで持っていた大事なものにさらに磨きをかけ、そして新たな挑戦をする」

という年にしなければいけないなと強く感じました。

そう「エッケイon セカンドシーズン」 です。
どっかの海外ドラマみたいにおんなじ事の繰り返しで引っ張って、シーズンだけ重ねるようなことにならないようにがんばります!

皆様、来年もよろしくお願いいたします。

2008年12月10日水曜日

何かの取組みが定着するには時間が必要か

前の会社を辞める前に始めたキャリアコーチングサービス(1:1でキャリアの相談)は、トライアル期間を入れてもう3年になろうとしています。幸いなことに辞めた後も引き続きサポートさせてもらえることになり現在もコーチとして参加しています。

当初導入に際して若手を中心とした社員層にインタビューをしたところ、どの層にも積極的に支持を受けたこともあり、自分は相当鼻息荒く「やっぱりこのサービスは絶対必要なんじゃい!反対する奴こそ分かってないんだ。会社を辞める前の最後の恩返しだ♪」と奔走し、色々な人の力を借りて何とか立ち上げることができました。

ところが、いざサービスを開始してみると、申込者は予想より少なくてサービス日はぽつんと部屋に私一人で手持ち無沙汰なんてこともありました。
「あるにこした事は無いってレベルで、賛同はされたけど実はあんまり必要性は無かったのかなぁ・・・」
と、自分は意味の無いことにドンキホーテ的な労力をかけていたのだろうかとひそかに淋しい想いをしていました。

ところが半年前くらいからです。徐々に申込が増加してサービス実施日は予約で一杯な日が多くなってきたのです。
特別に何か変わったプロモーションを最近始めたわけではなく、やるべきことを淡々とやり続けたら、ある時に急に閾値を超えたように何かが変わった感じです。
(現象としては口コミが急に増え始めた感じはありますがこれは意図的に起こしたものではないのです)

やはり、組織に何かを定着化させるためにはやはり一定の持続期間が必要なのかもしれません。
(そのための努力と研鑽は続けるという前提ですが。)

考えてみたら個人においても、自分に新しい思考法や行動をインストールするためには、閾値を超える一定の反復や持続が必要ですものね(人の多くはこの閾値を超える忍耐が続かずリタイヤするんですが)。

気の短い私は、大きな会社で、長期のビジョンを持ってしつこく持続して変質を待つ器量はちょいと足りないかもしれませぬ。(友達には、やりたいことにはねちっこくしつこいと言われてはいますが)

このサービスも諦めないで支えてくれる仲間がいなかったらさっさと諦めていたでしょう。
(途中何度も檄をいれられたり慰められたりしましたっけ)

仲間との意味のあるつながりは自分の出来無そうなことも時に可能にしてくれます。

2008年12月7日日曜日

オグシオ解散に見るキャリアタイプの違い

最早、古いねたになってしまっていますがご勘弁を。
ずっと書きたかったけどタイミング合わせられませんでした。

オグシオのコンビ解消会見をテレビで見て面白いなと感じたのでそのことを。
二人曰くその解消の理由を二人の目標のズレにあるとのこと。

小倉選手「4年後のロンドンを目指して、これからがんばりたい」
潮田選手「すぐさまロンドンはなく、1年1年をがんばりたい」

一見するとなんか大したこと無さそうなズレに、
多くの人が「なんか他の理由があるに違いない」と憶測を飛ばしている様です。
(潮田選手は嘘言っているとかね)

でも、この理由は私から見ると案外納得できるケースではあります。
というのは、人には、
「自分が夢に向かってがんばるからキャリアゴールに到達できる」
「目の前の日々を積み重ねることによって、自ずとキャリアができてくる」
といったタイプがあるように思えるからです。

(ちなみに、この考え方を最初に言語化していたのは、私ではなく、私のコーチングの師匠格である平本相武さんがコーチングの目標設定に関して人の違いを説明されていた話の発展系です)

私は前者を「アメリカンドリーマー」タイプ、後者を「日本式求道者」タイプとイメージしています。

キャリアの相談にのっているとこの2タイプは本当に存在するなぁと感じます。
またこのタイプの差によって、悩むポイント、キャリア研鑽の方法も変わってくるのが面白いところです。達成感の感じ方も前者は目標達成によって一時にドパーッと大きな快感を得たい人が多く、後者はジワーッとした小さめな快感を多く得たい人が多い様です。

今のところの私の感想では、両者の違いは「エネルギーの湧くポイントが未来にあるのか現在にあるのか」の違いでどっちの方が正しいということではない気がしています。面白いことに双方のタイプでしっかりキャリアを歩んでいくと行き着く先も究極的には同じだったりします。

ただ、これがプロスポーツのペアとなると深刻ですよね。
ロンドンを目指すとなると4年間の厳しいロードマップを書いてそれを着実にこなしていかなければなりませんから、小倉選手の考え方でやっていく必要があるでしょう。
潮田選手のやり方で結果的にロンドンに行けないとは限りませんが、「いざフタを開けてみないとどうなるかわかりませーん」ということでは小倉選手の方が精神的に参ってしまうでしょうし。
でも小倉スタイルだと潮田選手はすごく未来に縛り付けられた感じがして不自由なストレスを感じることでしょう。

面白いことに、これが選手としてのキャリアライフと考えると、案外、潮田選手の方が長命で老練になって生涯成績が良かったり名物コーチになったりするかもしれません。小倉選手パターンは目標の結果が出たらプツンと集中力が切れたり、全然違う目標を見つけて放浪してしまったりすることもありますね。

私はスポーツ選手で才能に恵まれていながら、若くして引退してしまう選手と長生きする選手の違いが出るのはなぜだろうとよく考えるのですが、このタイプの違いも一因かなと思っています。

(サッカーだと、小倉選手パターンは中田英寿元選手、潮田パターンは三浦・中山選手ってところでしょうか)

ちなみにこのタイプ、先天的に固定で変化が無いのか、状況によってタイプに変更が生じるのかは、今のところ私は結論に至ってはいません。
ふーっ、ようやくこのテーマで書けた。すっきりした。

2008年12月6日土曜日

ブログ復活

久々の投稿です。

8月から想定外に繁忙が続き、余裕の無い日々を過ごしてしまいました。
本当にブログ書くヒマがなかったのかと言えば微妙ではありますが、
(遅い夏休みで海外旅してますしね(笑)[詳細はエッケイoffへ])

余裕の無いフリーランスが持つ心理状態は興味深く、

「(ブログ書くヒマがあったら、自分の仕事の精度を磨いたほうがいいんじゃないか?まだ終わってないタスクが山の様にあるぞ)。売上あげるか、スキル上げとけ!」

なぞという悪魔(むしろ良識?)が私に囁くのです。これは会社員時代には無かった傾向ですね。
会社員時代は忙しくても、この種のことには時間を無理くり作っていました。

でも面白いことに、一人旅で自分のキャリアプランを再考していたら、
「仕事に当てる割合を割いてでもブログを書くほうが良いかも」
という思いに行き着きました。

文章を書くという行為が自分にいかに必要で重要なことなのかということが実感したということですね。
(シチリアのある山頂でにわか雨に打たれて悟りました(笑))

だからこれからはこまめに投稿しようと思います!
(ちなみに私はMBTIではPですので「結論は、あくまで暫定の結論」という怪しげな決意レベルですが。。)

ちなみに、他に出てきた興味深い考えは、「コーチング力をもっと高みに上げておけ」でした。
理由は、私のビジネスのリスク要因にあるのですが、文章で書くと非常に誤解を生みそうなのでここでは触れません。(一回、書いてみましたが誤解される要素がありすぎました。。)

さてさて決意は長く続くのでしょうか。。(やれやれ、コメントが他人事だなぁ。。)

2008年10月6日月曜日

イメージのリアルさ

研修講師やコーチングをやっていると、クライアントの夢や目標が実現するかしないか簡単に見極める方法がある。

それはその人が「それをいかにリアリティをもって描いているか」だ。クライアントがさながら既にそれが実現しているかのように言語化できれば、これはかなりの確率で実現すると思う。
(同じことを友人がブログでも書いていた)
夢は夢で儚くかなわないものと心の片隅に感じてしまったら絶対実現はしない。

何をもって「リアリティがある」といえるかについては色々あるだろうが、
その一つに、「他人が聞いて、その実現シーンを頭の中で思わず思い描けてしまう」というのがあると思う。

先週、講師をしていた時にグループディスカッションで語り合っている参加者の会話が耳に入ってきた。

Aさん「いいチームを作りたいって、具体的にどんな状態になったらそう言えるの?」(←いい質問!)
Bさん「んー。各メンバーのミッションでは無いグレーゾーンになっている仕事をメンバーが自然に拾いあってる感じかなー。で、効率的では無いかもしれないけど、複数のメンバーがたまたま隙間の仕事を重複してやってしまったことが発覚して、笑い合っているシーンとかあると素敵だな」

んー、そのシーンが頭に浮かんで微笑んでしまった。Bさんナイスイメージ!

2008年10月4日土曜日

例の研修二回目

前のブログの2回目が木・金とあった。

今回はかなり良い感じで進んだ。自分的にも手ごたえがあり、
「自分らしいスタイルが貫けた」と感じることができた。
アンケート結果も非常に良好で優・良・可であれば「優」の真ん中といったかんじだった。

ただ、前回と比較しての勝因は明確なものが特定できなかった。

・前回の反省から開発者側がテキスト改善や演習スタイル改善に努力をした
・講師の自分が慣れて講師ワークのぎこちなさが消えて滑らかになった
・前回の参加者の成果物を見てもっとストレッチできると判断して、
(自分が)高度なノウハウを思いっきり突っ込んでみた

どれがカギだったかはわからない。仕事は、大学の実験じゃないから、
変数を一個に絞ってその結果を見るようなことはできない。
たいてい、複数の改善ポイントをつっこんで結果をみるからだ。

でも感覚的には、
研修2日間を流れるストーリーに芯が通った感じにはなった。

面白かったのは、今回、自分以外にもう一人の講師が入っていて、
その人は自分よりもファシリテーションのスキルが高いので、
教えるというスタイルよりも参加者の活性をはかり成果は委ねるというやり方を取っていた。

ちなみに僕は専門的なノウハウを参加者に突っ込んで刺激していくスタイル。

結果はどちらも同じように満足度が高かった。
講師のやり方は一つではない。
でも大事なのは自分のスタイルがきちっと確立できているかだと思った。

2008年9月7日日曜日

研修というリレー

先週は結構大変だった。

何が一番きていたかというと開発が困難を極めた研修の初リリースタイミングだったからだ。
(説明するまでも無いが私が講師として入ってます)

コンセプト自体が難しいうえに、色々な事情があって開発が進まず、本当に研修当日はどうなってしまうか全く見えない時期が続いた。
(自分は一発目に登板することもあり、講師という立場でアドバイスをする役割で参加していたが)それこそプスプスと煙を出している開発プロジェクトを側で見ていた時は「今から抜けられないもんだろうか」と悪魔がしきりにささやいていた。(と思っても実際に逃げられはしない。逃げるフリーは後ろから撃っても有罪にはならない決まりだ)

というのも、結局最後に受講者の前に立つのは講師であり、研修コンテンツの最終評価は講師が被ることになる。良い研修コンテンツは講師の最大の武器でありそれこそイマイチな講師でも名講師のようにキラキラと演出してくれるものだが、その逆はそれ以上に強烈で、やっている講師自身の自信を奪い徹底的に惨めな気持ちにさせてしまう。下手をすればトラウマ気味に講師という職から距離を置く原因になったりもする。

それに加えて、フリーという脆弱な立場はどんな言い訳をいったとしても結局は結果が全てといって良い。「今回はあなたのせいではない」と仮に誰かがやさしくフォローしてくれたり、「不利益を被る事は無い」と発注者が保証してくれたとしても、それが高評価につながることは断じてない。

自分は高評価を出せないフリーは食べていけないと信じているし、しつこいくらい自分の肝にも言い聞かせている。その厳しさこそが企業勤めをしていた時との明確な違いだと思う。
(そういった悲哀もあってか、多くの講師は自分オリジナルのコンテンツを開発してそれでやっていくという事への想いが強い。実際は開発力が弱かったり、集客力が弱かったりで願い通りに行く事は少ないが)

ただ、この開発プロジェクトの終盤では、メンバー達が大変な危機感を持ってくれて、それこそ寝る間も惜しんで「何がなんでもエッケイさんが討ち死にしないところまでにはもっていく!」と物凄いふんばりを見せてくれた。結局、コンテンツ品質は高かいという程までには至らなかったが、開発メンバーのがんばりを間近で見えていただけに、彼らを責める気などさらさら起こらず、「どうしたらメンバー達のがんばりを形に残せるだろうか?」という気持ちが先にたっていった。

結果、今回はなんとか優・良・可で言えばぎりぎり「良」に引っかかるところにはもっていけた。
終わった時はどっと疲れが噴出したが、終わってアンケートの評価を見た時に浮かんだ言葉が

「なんとかバトンをつなげた」

というものだった。

研修に限らず多くの仕事がリレーの様にバトンをつないでいくものなんだと改めて感じた。
でも、それぞれが後の走者の事を思いやり、全力を尽くして自分の役割を全うするといった気持ちで仕事できている人はどれだけいるのだろうか。それが出来ている人は安全で信頼できるチームを持てたという幸運をもっと噛み締めるべきなのかもしれない。

フリーの講師といえども、この価値や想いのリレーの一部としてつながれた存在であり、チームという概念を軽視してはなりたたないのだと心底思った。

2008年9月1日月曜日

土壇場になると出るゾーン

久々のブログ。いやぁ8月は色々あった。

そのひとつが娘の入院。
まさか健康まっしぐらの1歳にもならない彼女が入院生活をするとは夢にも思わなかった。
病気自体がリスクの高いものだったので、久々に家族の危機的状況が来たという感じだった。
(なぜか5,6年に一回位我が家には危機的状況が訪れる)

加えて、開店休業の予想に反して8月は仕事が結構忙しい状況だった。

でも面白いことに、毎日病院で4時間娘と過ごしていたにもかかわらず、仕事もベストな状況で乗り切れた。どうやら自分は本当の危機的状況になるとゾーン状態になるらしい。

過去にもそういうことは何度かあった。中には、自宅に戻ったら中に泥棒が2人もいたという事件も。その際には信じられない怪力が湧いて1名を乱闘追跡の末捕獲。火事場の馬鹿力って本当にある(反動でその後色々な間接が脱臼気味になったが)。

今回は妻から娘の病名と入院の一報を受けた瞬間から発動。ゾーン状態の傾向としてよくあるパターンなのだが、感情が遮断されやるべきことを冷静に淡々と処理する自分がいた。
また普段の自分からしたら涎もんの効率のよさで仕事がバンバン短い時間で片がついていった。
「あんた、こんな時に冷静ねぇ」との妻の感想(「普段は感情的なのに」という含みもあるかもしれない)。

でも残念ながら、これって平時には出たことが無い。

昔、友人の大家のおばさまに言われたことが未だに心の片隅に引っかかっている。

「男は平時には役に立たない。平時になったら長生きしないで早く死んだ方がみんなのため」

オスってこんなもんなのかな。。
平和な時代には男は株を上げるチャンスは多くない。