昨日、近所をぶらぶらと歩いておりました。
この地震の影響で仕事に絡むアポがまぁ見事なくらいに吹っ飛んでしまい自宅作業になってしまったのですが、一人で粛々と作業ができるタイプでは無いので様子を見に外出したわけです。
スーパーに顔を出しましたが、噂に聞いていた通りにコメと卵が一切ありません。
災害の影響を殆ど受けていないので流通は比較的確保されやすい新宿なんですけどね。ここは。
どうやらこの動きの主役は老人の様です(勿論例外はあります)。北新宿は老人が多いのです。
自分は「彼らはピュアな生存本能に揺さぶられているのかなぁ」なんて思っておりました。
帰り道、道の途中で立ち往生しているおばあちゃんがいました。どうやら荷物が多くカートが引けなくなっている模様。別に急ぎでやることも無いので、自分がカートをひいておばあちゃんの家の前まで送ることにしました。
荷物をよくみると、お買い物したものが大量に入っている。
「うーむ、この婦人はあの買い占め系の一人なんだな」と心でそっとつぶやく。
「昨日も朝早くから並んで大変だったんです」と晴れやかに一仕事終えた満面の笑みでおばあちゃん。
「うーむ。微妙な気持ちありで、この笑顔と対等の笑顔は返せんなぁ」とまた心内でつぶやく自分。
でも道すがらおばあちゃんが色々と語る話を聴いていて、少しづつ自分の心境に変化が起こり始めました。
彼女は娘と孫の3人家族。彼女の担当はおそらく家事。彼女には自分の生にしがみつく表情は感じられない。自分の話はしないで家族の話ばかりしている。
どうやら、彼女はこの危機に際し自分が家族のためにできる明確な使命と判断してこの行動をとっている様です。(仕事柄、使命感を感じ活き活きとしている顔はよくわかる)
家の前まで着くと彼女は私の顔をじっと見て、
自分の名前と住んでいるマンションの部屋番号をはっきりと伝え、
「何かあったら是非来てください」と言いました。
それは、せっかく知り合いになったから遊びに来いといったニュアンスではなく、困った事があれば頼って下さいというメッセージでした。
そこには弱い者がサポートを受ける様ではなく、お互いに助け合いましょうというスタンスが示されておりました。(サポートを提案してもらった私の方が恐縮してしまいました)
こういう事態での買い占めは良い事ではない。それは間違いない。
でも人は自分の知り得る世界観(メンタルマップ)で最適行動を取っている。買占めをする人の心理を単純化して非難するのはよそうと心に思いました。
少なくとも僕の出会ったおばあちゃんは利己的な生への妄執で買占めをしていたわけでなく、自分の感じ取れるコミュニティエリアへの愛が動機でした。一つの犠牲行動でもあるわけです。手段は問題あるかもしれないが、彼女の愛を非難するのはフェアでないなと思いました。
願わくば、そういった動機で動かれている老人(少なくない気がします)のファミリーの方々には、彼らの動機の純粋な部分に感謝と愛を十分に伝えつつ、「そんな事しなくても大丈夫だよ。いざとなったら自分が体張るからね。ありがとうね」とやさしく言ってあげてくれるとうれしいです。
地震からもうすぐ1週間たとうとしています。早いものですね。ただ、未だに災害は現在進行形で存在しており、過去の事にはなっていません。僕は今感じている、大事だなと思っている事をできるだけ長期間忘れないでいようと思っています。
どちらかというとオンタイムでの活動に関する出来事、感じたことを題材に書くつもりです。 題材のテーマは、仕事全般、キャリアデザイン、パフォーマンス向上、コミュニケーション、人材開発トレンド等々が中心になると思います。 もし気が向いたらご覧ください。 そしてさらに気が向いたらフィードバックや気になっているキーワードを教えてください。相互にアンテナ化しませんか?
2011年3月18日金曜日
2011年2月2日水曜日
5年目突入!
会社を辞めて独立してから昨日で満4年。
本日(2/1)から5年目に突入でございます。
知り合いにこの話をすると、
「もうそんなにたちますか!」と殆どの人に言われます。
私にとっても、あっという間な感じです。
でも振り返るとあんがい色んなことがありました。
独立するなり娘ができて親になっちゃったり、いきなり痴情絡みの踏み倒しに会ったり(ちなみに僕の痴情じゃありませんぜ(笑))、仕事のポートフォリオも多様になってきたり、昨年は自己ビジョン(&働く意味)にも変化が起きたり。。(この4年間で感じたことを改めて整理してそのうちブログにのせますな)
受講者やコーチング等で私がアンケート等で把握できている人数で言えば、少なとも1500人以上の方と交流することができました(この仕事では決して多いとは言えませんが。。)。
色々はありましたが、仕事とクライアントと仲間にこの4年ずーっと恵まれていたと思います。
感謝、本当に感謝です。
自分はこの恩義に対して期待された成果をお返しできていたでしょうか?真摯に振り返ってみたいと思います。
それでは皆様こんごともよろしくお願い致します。
本日(2/1)から5年目に突入でございます。
知り合いにこの話をすると、
「もうそんなにたちますか!」と殆どの人に言われます。
私にとっても、あっという間な感じです。
でも振り返るとあんがい色んなことがありました。
独立するなり娘ができて親になっちゃったり、いきなり痴情絡みの踏み倒しに会ったり(ちなみに僕の痴情じゃありませんぜ(笑))、仕事のポートフォリオも多様になってきたり、昨年は自己ビジョン(&働く意味)にも変化が起きたり。。(この4年間で感じたことを改めて整理してそのうちブログにのせますな)
受講者やコーチング等で私がアンケート等で把握できている人数で言えば、少なとも1500人以上の方と交流することができました(この仕事では決して多いとは言えませんが。。)。
色々はありましたが、仕事とクライアントと仲間にこの4年ずーっと恵まれていたと思います。
感謝、本当に感謝です。
自分はこの恩義に対して期待された成果をお返しできていたでしょうか?真摯に振り返ってみたいと思います。
それでは皆様こんごともよろしくお願い致します。
2011年1月23日日曜日
ソーシャル・キャピタルを引出す若者
昨日、今日と偶然に非常に心地のよい若者に会いました(若者と言ってもそこそこ年ではありますが)。
一人は女性、一人は男性。世代も人生経験もばらばらで共通点はありません。
特徴的な共通点は、相手への配慮(偽物くさくない誠意・誠実さと言ってもありかな)、知的好奇心が高いといった感じでしょうか。
それ以外にも奥底に色々とポイントもありそうです。
(例えば、相手の話と自分の体験をつなげて直ぐに使える次のヒントにしようとする姿勢とかね)
まっ今日はそういう資質を論理的に説明する意図では無いので軽く流すとして、
最近、年齢も増えてどうひっくり返っても若者とは言えなくなってわかってきたことは、社会が蓄積している関係性資本(人脈とか知恵等々これをソーシャル・キャピタルって言うそうですが)を手に入れやすい人と手に入れにくい人が存在しているなぁという実感です。
人に心地のよい印象を与える若者もそういう人の一人だと思います。
なんか見返り無しにサポートしてあげたり知恵を貸したくなるんですよね。
人にそういう気持ちにさせる事で得ることができた大小のものの積み重ねは相当なメリットを人生にもたらすのでしょうね。
(とはいえ、それを打算づくでやってもうまくいかないものだのですが)
ちなみに私はそんな若者で無かったです。
加えて、今、自分がサポートしたいと思ってもその若者達はNo Thanksと思うかもしれませんがね。
わっはっは。
一人は女性、一人は男性。世代も人生経験もばらばらで共通点はありません。
特徴的な共通点は、相手への配慮(偽物くさくない誠意・誠実さと言ってもありかな)、知的好奇心が高いといった感じでしょうか。
それ以外にも奥底に色々とポイントもありそうです。
(例えば、相手の話と自分の体験をつなげて直ぐに使える次のヒントにしようとする姿勢とかね)
まっ今日はそういう資質を論理的に説明する意図では無いので軽く流すとして、
最近、年齢も増えてどうひっくり返っても若者とは言えなくなってわかってきたことは、社会が蓄積している関係性資本(人脈とか知恵等々これをソーシャル・キャピタルって言うそうですが)を手に入れやすい人と手に入れにくい人が存在しているなぁという実感です。
人に心地のよい印象を与える若者もそういう人の一人だと思います。
なんか見返り無しにサポートしてあげたり知恵を貸したくなるんですよね。
人にそういう気持ちにさせる事で得ることができた大小のものの積み重ねは相当なメリットを人生にもたらすのでしょうね。
(とはいえ、それを打算づくでやってもうまくいかないものだのですが)
ちなみに私はそんな若者で無かったです。
加えて、今、自分がサポートしたいと思ってもその若者達はNo Thanksと思うかもしれませんがね。
わっはっは。
2010年12月31日金曜日
2010年終わります
もう2010年も終わりになりますね。
今年も皆さんにお世話になりました。改めて御礼を申し上げます。
今年1年を表そうと色々考えたのですが、あまり気の利いたものがまだ出てきません。
派手な年では無かったなと感じます。愚直に汗をかいた(比喩ですよ)年だったかもしれません。
派手な年では無かったというのは、あまりクリエィティブなワークが出来なかった感があるからです。
愚直な部分は、主にコーチングを仕事の柱として多く取組んだ年だった点といえましょう。
ただ、今年は昨年より迷いは少なく、一つ心理的に抜けた感があります。一つの節目を越えようとしている感覚を持った年でした。
それを実感している分、やるべきだと思ったことをひたすらねちっこく継続しました。
ねちっこく取組んだのが主にコーチングという分野でしたから、今年後半は自分でも少々テンションの低く妙に落ち着いた雰囲気になっていたようです。
よく「元気ないですねぇ」と声をかけられました(ぜんぜん普通だったのですが(笑))。
盛り上がり、メリハリはあまり利いた年にはなりませんでしたが、自分的にはなかなか満足のいった年になりました。
そしてまもなく独立してまる4年となりますが一つのサイクルが終わった感覚を感じています。
そして来年は新しい節目の年になりそうです。
なんか凄い楽しみです。
とか何とか書いているうちにもうすぐ新年になりそうです。
皆様よいお年をお過ごし下さい。
そして互いにインスパイアーしあいましょう!!
今年も皆さんにお世話になりました。改めて御礼を申し上げます。
今年1年を表そうと色々考えたのですが、あまり気の利いたものがまだ出てきません。
派手な年では無かったなと感じます。愚直に汗をかいた(比喩ですよ)年だったかもしれません。
派手な年では無かったというのは、あまりクリエィティブなワークが出来なかった感があるからです。
愚直な部分は、主にコーチングを仕事の柱として多く取組んだ年だった点といえましょう。
ただ、今年は昨年より迷いは少なく、一つ心理的に抜けた感があります。一つの節目を越えようとしている感覚を持った年でした。
それを実感している分、やるべきだと思ったことをひたすらねちっこく継続しました。
ねちっこく取組んだのが主にコーチングという分野でしたから、今年後半は自分でも少々テンションの低く妙に落ち着いた雰囲気になっていたようです。
よく「元気ないですねぇ」と声をかけられました(ぜんぜん普通だったのですが(笑))。
盛り上がり、メリハリはあまり利いた年にはなりませんでしたが、自分的にはなかなか満足のいった年になりました。
そしてまもなく独立してまる4年となりますが一つのサイクルが終わった感覚を感じています。
そして来年は新しい節目の年になりそうです。
なんか凄い楽しみです。
とか何とか書いているうちにもうすぐ新年になりそうです。
皆様よいお年をお過ごし下さい。
そして互いにインスパイアーしあいましょう!!
2010年11月12日金曜日
良い場所に辿り着くには(コメントにお応えして自分のケースを)
「正義や公正さが語られず、顧客への愛も語られず、夢も語られず、愚痴や他者の非難がいっぱいの組織は長くいたくはないですよね(でもこういうのって、案外悪気なく無意識で行われているんですよね)
こういうのにどうすれば巡り会えるんでしょうか・・・? 自らコントロールできるもの(感情)を変えたほうが良い、等と言われますが、やはりどうしても合わない上司との関係はとても辛く感じます。最近燃え尽き感が強い昨今です。会社をやめてしまうくらいに考えないといけないのか・・・」
珍しくブログに(SAさんから)コメントをいただきました。読んでたら気持ちが上がってきたので長くなっちゃうからブログにしますね。
さて、これはあくまで一個人の例です。SAさんに合わない場合もあるかもしれません。 でも諦めないでくださいまし。
先ずは、自分の心が落ち着く時間と場所をなるべく身近に確保することかもしれませんね(心が落ち着くというのはレジャー的に抜くってことではなく、心の想いを誰かと交わすってことが大事です。)
SAさんオリジナルなハッピーストーリーができることを祈ってますね。
こういうのにどうすれば巡り会えるんでしょうか・・・? 自らコントロールできるもの(感情)を変えたほうが良い、等と言われますが、やはりどうしても合わない上司との関係はとても辛く感じます。最近燃え尽き感が強い昨今です。会社をやめてしまうくらいに考えないといけないのか・・・」
珍しくブログに(SAさんから)コメントをいただきました。読んでたら気持ちが上がってきたので長くなっちゃうからブログにしますね。
「口で言うのは簡単だけど、実際はねぇ」って感じですよね。
自らを変えるというのもコミュニケーションの理屈的には正しいですが、辛いものは辛いです。辛さが高すぎるとなかなか気持ちを制御できないですよ。
私もこんな状況が何年も続いて、ぶっちゃけ、だいぶ腐ってどす黒くなっていましたから気持ちすごくわかります。
ただ、私の経験で言うと、でも諦めちゃ駄目って感じですかね。諦めたら環境に巻き込まれてそこで終了です。そんな人を何人も見てきたし今も見ています。
それと、ささいな事でもいいから行動するってことでしょうか。
諦めず自分の想いを発信する、「同じ想いの言葉」を発する人を探す、そんな人と呼応する、そういう時間を必ず確保する、それもできるだけ長く。onタイムで駄目ならoffタイムでもいいから。
そして、そういう連中に認められる様にこっそり自分を磨く。
そして、折角だから仕事の時間もそんな時間に変えてしまうために知恵を使う。
って感じですかね。
自分のケースでは、
最初はひょんなことから社外でそういうコミュニティを見つけました(ただの社外研修です)。そんな連中と話していると本当に落ち着いて「ああ。ようやく真っ当な場所に辿り着いた」と感じましたっけ。
そして、少し心が安定したので(自分を変えられる余裕ができた様で)、社内で構えず同じように想いを呟いてたら、案外周りにも同志がいることがわかりました。(驚いたのは入社時に出会った少々違うタイプと思っていた先輩が、気づいたら一番の仲間になっていました)
そして、OFFで喋っているだけじゃつまんなくなって、せっかくだからそんな想いを仕事でしゃべっていても不思議じゃない場所を作ろうとしてねちっこく活動してたら10年目位にそんな場所ができあがりました(10年です。長いでしょう?(笑))。
実はそれからも紆余曲折あったのですが、基本はハッピーなキャリアにトレンドが変換した感じです。そして、気づいたら、さらに想い強くなって独立しちゃいました(笑)
今思うポイントは、諦めなかったこと尽きるかなと。そしてそれを仕事で実現できるように知恵を尽くすってかんじでしょうか。どうせ頭使うなら、適応や我慢用じゃないところにしたいですものね。(自分にやりたいことなら知恵は凄く回ります。これ経験談)
2010年11月10日水曜日
キャリアコーチングで感じたこと
以前勤めていた会社にキャリアコーチングサービス(1:1でキャリアデザインの相談を受ける)を提供してもう3年以上になります。
当初は予想に反してなかなか申込が少なく、心配もしましたが徐々にクライアントも増え始め、だいぶこのサービスも組織に定着してきたかなぁと嬉しく感じています。
昨日もサービス提供日でしたがなかなか良いセッションが多かった気がします。
その中で感じたことを二つ。
一、
とかく企業組織では、
「上司の話では筋の悪い仕事らしいので。。」「先輩のアドバイスでは今度の上司はろくな人じゃないらしいんです」「今、場を乱すような発言をすると評価で損するよ」
といった、仕事上の噂が多く飛び交うものですが、そういった他人の評価や噂を無条件に鵜呑みにする仕事人生は止めた方がいいですね。自分の目で見て、自分の頭で判断した方が良いと思います。
人の好みはや仕事の耐性は様々ですし、自分で物事を判断しない人生を長く過ごすと意志の力が弱くなってしまいますからね。案外、人の逃げまわるところに美味しいものが眠っているかもしれません。
ちなみに、前の会社では私が手を出す前は誰もキャリアの相談サービスを会社に導入しようとする人はおらず、「面倒くさそうな仕事」とスタッフ組織に思われていた案件だったそうです。
私はその仕事が無競争下でやれて幸せです。
二、
「自分が正しいと思うこと」「自分が興味を感じる話」「自分がわくわく感じる話」が普通に溢れている仕事の場にできるだけ身を置くことが望ましいなぁと思いました。
その人の考えが正しかったり、素敵な夢を持っていても、それが誰にも発信できない場所にいるとエネルギーもわかないし、研鑽意欲も下がりますからね。
その仕事場で普段どんな会話が自然になされているかを知ることが何気に大切なことかもしれません。
正義や公正さが語られず、顧客への愛も語られず、夢も語られず、愚痴や他者の非難がいっぱいの組織は長くいたくはないですよね(でもこういうのって、案外悪気なく無意識で行われているんですよね)
当初は予想に反してなかなか申込が少なく、心配もしましたが徐々にクライアントも増え始め、だいぶこのサービスも組織に定着してきたかなぁと嬉しく感じています。
昨日もサービス提供日でしたがなかなか良いセッションが多かった気がします。
その中で感じたことを二つ。
一、
とかく企業組織では、
「上司の話では筋の悪い仕事らしいので。。」「先輩のアドバイスでは今度の上司はろくな人じゃないらしいんです」「今、場を乱すような発言をすると評価で損するよ」
といった、仕事上の噂が多く飛び交うものですが、そういった他人の評価や噂を無条件に鵜呑みにする仕事人生は止めた方がいいですね。自分の目で見て、自分の頭で判断した方が良いと思います。
人の好みはや仕事の耐性は様々ですし、自分で物事を判断しない人生を長く過ごすと意志の力が弱くなってしまいますからね。案外、人の逃げまわるところに美味しいものが眠っているかもしれません。
ちなみに、前の会社では私が手を出す前は誰もキャリアの相談サービスを会社に導入しようとする人はおらず、「面倒くさそうな仕事」とスタッフ組織に思われていた案件だったそうです。
私はその仕事が無競争下でやれて幸せです。
二、
「自分が正しいと思うこと」「自分が興味を感じる話」「自分がわくわく感じる話」が普通に溢れている仕事の場にできるだけ身を置くことが望ましいなぁと思いました。
その人の考えが正しかったり、素敵な夢を持っていても、それが誰にも発信できない場所にいるとエネルギーもわかないし、研鑽意欲も下がりますからね。
その仕事場で普段どんな会話が自然になされているかを知ることが何気に大切なことかもしれません。
正義や公正さが語られず、顧客への愛も語られず、夢も語られず、愚痴や他者の非難がいっぱいの組織は長くいたくはないですよね(でもこういうのって、案外悪気なく無意識で行われているんですよね)
2010年10月11日月曜日
声が良く聞こえない時があった
この間実施した研修講師の事後アンケートを拝見する機会がありました。
(全ての研修において講師が事後アンケートの結果を知ることはできないのですが、今回の研修は私の元のお里である会社であったため機会を頂戴できます)
その中の一人のコメント欄に、今までお目にかかった事の無い文言を発見。
「声が良く聞こえない時があった」
初めての事だったのでこっそりショックを受けました。
(想定外だったのでインパクトが強く、、)
どちらかと言うと、自己認識では自分の声は通り易いと思ってました。
(実際にそう評価される事も多かったものですから)
ショックの後、よくよく考えて思いついた理由がありました。
それはその研修の定員が30名を超えたものだったということです。
自分が取り扱う事が多いテーマは、
受講者の意識や活性化に働きかけるものが多いので、ここ最近は
(最近の傾向的にも)30名未満の定員でやる機会が殆どでした。
アンケートに回答された方は記憶では正面の一番後ろに座っていました。
知らず知らずに声のボリュームを最適化していたのか、
元々自分の声の届く最適なエリア範囲が30名未満のものなのかは不明ですが、
自分の現状を知る上で大変参考になりました。
こういったものって、無意識化していてなかなか気づく機会がありませんからね。
本当に良い機会でした。
でも、正直言って、ネガティブな評価やコメントって反射的に反論したくなりますね。
自分の反射的な感情なのでしょうがない部分もありますが、
それをうまくマネジメントすることで
意味のある気づきや深い学習が促進できるんだよなぁ。。
(それこそがEmotional Intelligenceだという話)
自分の度量を試される修行でもあります。。
(全ての研修において講師が事後アンケートの結果を知ることはできないのですが、今回の研修は私の元のお里である会社であったため機会を頂戴できます)
その中の一人のコメント欄に、今までお目にかかった事の無い文言を発見。
「声が良く聞こえない時があった」
初めての事だったのでこっそりショックを受けました。
(想定外だったのでインパクトが強く、、)
どちらかと言うと、自己認識では自分の声は通り易いと思ってました。
(実際にそう評価される事も多かったものですから)
ショックの後、よくよく考えて思いついた理由がありました。
それはその研修の定員が30名を超えたものだったということです。
自分が取り扱う事が多いテーマは、
受講者の意識や活性化に働きかけるものが多いので、ここ最近は
(最近の傾向的にも)30名未満の定員でやる機会が殆どでした。
アンケートに回答された方は記憶では正面の一番後ろに座っていました。
知らず知らずに声のボリュームを最適化していたのか、
元々自分の声の届く最適なエリア範囲が30名未満のものなのかは不明ですが、
自分の現状を知る上で大変参考になりました。
こういったものって、無意識化していてなかなか気づく機会がありませんからね。
本当に良い機会でした。
でも、正直言って、ネガティブな評価やコメントって反射的に反論したくなりますね。
自分の反射的な感情なのでしょうがない部分もありますが、
それをうまくマネジメントすることで
意味のある気づきや深い学習が促進できるんだよなぁ。。
(それこそがEmotional Intelligenceだという話)
自分の度量を試される修行でもあります。。
2010年10月10日日曜日
グローバル化を見る角度
ダイワ証券さんのCMでも取り上げられている、
「Playing For Change(音楽を通して世界をつなぐプロジェクト)」
のエピソードに魅入られました。
「Don't Worry」
最近、経営者/経営幹部の方々とグローバル化を語る機会が多く、やはり日本企業ではグローバル化を危機と捉えていたり、心配の種という文脈で語られる事が多く、私自身もその様な思考で捉えがちになっていましたが、
世界が繋がるということは、暗い側面だけではなく、夢広がる明るい側面も同時に内包していることを忘れてはいけないと改めて思いました。
インターネットが気楽に使える様になったときに感じた世界と繋がるワクワク感、旅先の外国で家族とチャットをした時に感じた、距離を超えて家族と直ぐ近くで気持ちを交わした時の感動を忘れてはいけませんね。
一つだけの視点に囚われると不幸な気持ちが大きくなってしまいますからね。
「Playing For Change(音楽を通して世界をつなぐプロジェクト)」
のエピソードに魅入られました。
「Don't Worry」
最近、経営者/経営幹部の方々とグローバル化を語る機会が多く、やはり日本企業ではグローバル化を危機と捉えていたり、心配の種という文脈で語られる事が多く、私自身もその様な思考で捉えがちになっていましたが、
世界が繋がるということは、暗い側面だけではなく、夢広がる明るい側面も同時に内包していることを忘れてはいけないと改めて思いました。
インターネットが気楽に使える様になったときに感じた世界と繋がるワクワク感、旅先の外国で家族とチャットをした時に感じた、距離を超えて家族と直ぐ近くで気持ちを交わした時の感動を忘れてはいけませんね。
一つだけの視点に囚われると不幸な気持ちが大きくなってしまいますからね。
2010年8月18日水曜日
久々なので盛り合わせ②
前回から引き続き、ここ最近のマイ気づきメモ(ipod touch)からの抜粋です。
■「管理と経営は別物」
神戸大学院教授の三品さんの本「経営戦略を問いなおす」を読んでいて出てきたものです。
「日本では管理をマスターした先に経営がわかる様になるという発想が根付いているが、実際は別物」との見解でしたが、たしかに私の知っている殆どの日本企業ではこの発想が人事のキャリアパスの根底にあるように思えます。
三品さんも書かれていましたが、私もこの考え方は良い経営者を作り出すことを阻害しているのではないかと感じます。
リーダーシップとマネジメントを同義の様に扱ったり、この先に経営が見えてくるといったようなごった煮の様な発想は捨てて、それぞれにきちんとフォーカスして能力開発を考えた方が良いと改めて思いました。
さらに付け加えて言えば、昨今では環境が複雑化しているせいか、管理すべき対象も複雑・膨大になってしまい、ミドルの管理者層(経営人材候補)がそれだけでパンクしてしまって、経営センスを磨くステップに行けなく(行かなく?)なってしまっているようにも感じます。
ちなみにこの本では、経営戦略は科学(人に拠らず再現性がある)でなくアート(人に拠り再現性がない)であるとも書いてありますが、趣旨と違いますが、私は説明を読んでアートな性格の仕事に心がひかれるなと感じました。
■センシング(現状を感じとる)とアジリティ(俊敏性)
この二つのキーワードが、ここ半年ほど非常に私のまわりで何度も顔を出しています。
センシングとは、ちょっと意訳しちゃうと、いま何が現場で起こっているのかを自分の思考フレームを外して、ひたすらありのままに感じることを指し、ここが疎かであると課題認識や判断で致命的な過ちを起こしてしまう感じがします。
組織変革や企業活動のパラダイムシフトに取組む際に最近では当たり前の様に出てくる言葉になりました。これだけでなく、センシングを強く意識することはそれ以外のあらゆる思考・行動でも重要だなぁと日に日に実感しているこの頃です。
(ちなみに質の高いセンシングを我々は驚くほどできていません(もちろん私もを含めます))
アジリティは直訳すると俊敏性と訳せます。この言葉、何年も前に米国出張で聞いたことがあり、その時は「まぁ大事と言えば大事だろう。俊敏であることはその逆より良さそうだわなぁ」といった程度にしか考えていませんでしたが、最近になって、急に
「パートナー会社の仲間からの米国ASTDカンファレンスの重要トピックとして紹介された」
「別のパートナー会社から、Emotional Intelligenceの向上のポイントとして言及された」
「たまたま知り合いになった外資系コーチング会社の重要コンセプトとしてこの言葉が取り上げられた」
と、これらの偶然が、関連しない3組織から1週間たたない間で指摘されたことはどう考えても「お空からの特別な知らせ」としか考えられないので今後も注視していこうと思います
(ポイントは感情・思考の切り替え力のようです)
■ラポール(コーチングで言うところの信頼形成)が深くなると学びも深くなる
コーチングやファシリテーションの実践の中から強く実感しているのですが、
相手とのラポールが本当に深い状態で形成されている時は、知的好奇心の純度もより高くなり、当然コミュニケーションの質も高いですから、非常に良い学習が起こります。
最近の自分の例なので説得力が弱いかもしれませんが、
コーチングを通して、クライアントの所属する業界業務への理解が短い期間で想定以上に深く出来上がっていることに自分でびっくりしている。
昨日、パートナー会社とのミーティングで、メンバーは内部社員、フリーランスという雑多な構成員だったにも関わらず(エグゼクティブコーチングや組織変革を仕事とするメンバーだったせいか)、質の良い一体感とともに深い組織学習が行われた確信を多くのメンバーが持った。
学習する組織を強く志向される方は、場のラポール度を強く意識されると良いと思います。
(まぁ、そうは言ってますが、ラポールは単に仲間意識が芽生えるといったレベルよりもさらに上方に存在するものなので、簡単ではありませんが。。)
■ハーバード白熱教室の再放送をみて
感動してしまいました(笑)。いい年のおっちゃんが、(正義を考えるということに関する)自分の価値観を大きく変えられてしまいました。考え抜かれた知性って素晴らしいですねぇ。
ちなみに、講義の中で紹介された言葉で、
「人間は本質的に物語を紡ぐ動物である。『私は何をするべきか』という問い答えるには、まず『どんな物語の中で自分の役を見つけられるのか』という問いに答えてからでないと答えることはできない」(マッキンタイア)
がありましたが、この発想はコーチングにおいても非常に重要な考え方だと思います。最近、強くここを意識しながらコーチングを実践しているので、妙に心にはまってしまいました。
それではこれにて!
■「管理と経営は別物」
神戸大学院教授の三品さんの本「経営戦略を問いなおす」を読んでいて出てきたものです。
「日本では管理をマスターした先に経営がわかる様になるという発想が根付いているが、実際は別物」との見解でしたが、たしかに私の知っている殆どの日本企業ではこの発想が人事のキャリアパスの根底にあるように思えます。
三品さんも書かれていましたが、私もこの考え方は良い経営者を作り出すことを阻害しているのではないかと感じます。
リーダーシップとマネジメントを同義の様に扱ったり、この先に経営が見えてくるといったようなごった煮の様な発想は捨てて、それぞれにきちんとフォーカスして能力開発を考えた方が良いと改めて思いました。
さらに付け加えて言えば、昨今では環境が複雑化しているせいか、管理すべき対象も複雑・膨大になってしまい、ミドルの管理者層(経営人材候補)がそれだけでパンクしてしまって、経営センスを磨くステップに行けなく(行かなく?)なってしまっているようにも感じます。
ちなみにこの本では、経営戦略は科学(人に拠らず再現性がある)でなくアート(人に拠り再現性がない)であるとも書いてありますが、趣旨と違いますが、私は説明を読んでアートな性格の仕事に心がひかれるなと感じました。
■センシング(現状を感じとる)とアジリティ(俊敏性)
この二つのキーワードが、ここ半年ほど非常に私のまわりで何度も顔を出しています。
センシングとは、ちょっと意訳しちゃうと、いま何が現場で起こっているのかを自分の思考フレームを外して、ひたすらありのままに感じることを指し、ここが疎かであると課題認識や判断で致命的な過ちを起こしてしまう感じがします。
組織変革や企業活動のパラダイムシフトに取組む際に最近では当たり前の様に出てくる言葉になりました。これだけでなく、センシングを強く意識することはそれ以外のあらゆる思考・行動でも重要だなぁと日に日に実感しているこの頃です。
(ちなみに質の高いセンシングを我々は驚くほどできていません(もちろん私もを含めます))
アジリティは直訳すると俊敏性と訳せます。この言葉、何年も前に米国出張で聞いたことがあり、その時は「まぁ大事と言えば大事だろう。俊敏であることはその逆より良さそうだわなぁ」といった程度にしか考えていませんでしたが、最近になって、急に
「パートナー会社の仲間からの米国ASTDカンファレンスの重要トピックとして紹介された」
「別のパートナー会社から、Emotional Intelligenceの向上のポイントとして言及された」
「たまたま知り合いになった外資系コーチング会社の重要コンセプトとしてこの言葉が取り上げられた」
と、これらの偶然が、関連しない3組織から1週間たたない間で指摘されたことはどう考えても「お空からの特別な知らせ」としか考えられないので今後も注視していこうと思います
(ポイントは感情・思考の切り替え力のようです)
■ラポール(コーチングで言うところの信頼形成)が深くなると学びも深くなる
コーチングやファシリテーションの実践の中から強く実感しているのですが、
相手とのラポールが本当に深い状態で形成されている時は、知的好奇心の純度もより高くなり、当然コミュニケーションの質も高いですから、非常に良い学習が起こります。
最近の自分の例なので説得力が弱いかもしれませんが、
コーチングを通して、クライアントの所属する業界業務への理解が短い期間で想定以上に深く出来上がっていることに自分でびっくりしている。
昨日、パートナー会社とのミーティングで、メンバーは内部社員、フリーランスという雑多な構成員だったにも関わらず(エグゼクティブコーチングや組織変革を仕事とするメンバーだったせいか)、質の良い一体感とともに深い組織学習が行われた確信を多くのメンバーが持った。
学習する組織を強く志向される方は、場のラポール度を強く意識されると良いと思います。
(まぁ、そうは言ってますが、ラポールは単に仲間意識が芽生えるといったレベルよりもさらに上方に存在するものなので、簡単ではありませんが。。)
■ハーバード白熱教室の再放送をみて
感動してしまいました(笑)。いい年のおっちゃんが、(正義を考えるということに関する)自分の価値観を大きく変えられてしまいました。考え抜かれた知性って素晴らしいですねぇ。
ちなみに、講義の中で紹介された言葉で、
「人間は本質的に物語を紡ぐ動物である。『私は何をするべきか』という問い答えるには、まず『どんな物語の中で自分の役を見つけられるのか』という問いに答えてからでないと答えることはできない」(マッキンタイア)
がありましたが、この発想はコーチングにおいても非常に重要な考え方だと思います。最近、強くここを意識しながらコーチングを実践しているので、妙に心にはまってしまいました。
それではこれにて!
2010年8月16日月曜日
久しぶりなので盛合わせで
本当に久しぶりのブログです。以前にもtwitterにはまるとブログ書く意欲が減退するとあちこちで書いていたのですが、どうやら私は衝動でものを書くタイプなのだということがはっきりしました。
最近では「いつでも好きな時に呟ける」と思ってしまうとtwitterにさえ呟く気も落ちるありさま。。
(抑圧された状態をエネルギーに変えて行動に起こすってことなのかしらん)
職業的なモノ書きさんになるのはどうも無理のようです。残念。
ブログには起こしていないのですが日々感じたことは愛用のipod touchには書き込んであるので、今日はそのメモを見て私的に鮮度が落ちていないものをいくつか挙げてみようと思います。
■ 「リーダー、またはプロが見つめている時間軸はどこ?」
クライアントの方とお話をしていた時、たまたま上がった問いが、
「@@のプロとして本来メインにフォーカスすべき時間軸はどのあたりが望ましいと思いますか?」
だったのですが、非常に面白い話を導いてくれました。
もちろん、このフォーカスする時間軸は状況において変化するのは言うまでもありませんが、「主に思考を費やすべき時間軸はどこなのか?」そして「それはなぜなのか?」という考察を日頃からどの様な深さでしているのかがわかったり、不明だったその人の様々な内的マップが見えてきます。
また、この問いへの回答がクライアントによって様々で本当に面白いです。
例えば
「腕の良いシステム開発系PMなら3ヶ月先。それ以下でもそれ以上でもないね」とか
「色々と考え、現実的理想的という邪念を排除して考えると1年先だと思います」等々。
その理由も非常に多様性があり知的好奇心を刺激されまくります。
皆さんもご自身で(深く!)考えてみたり、尊敬すべきメンターに聴いてみてはいかがでしょう?
但し、現実に飲み込まれて右往左往している人(経営者・マネージャー・労働者)に聴いても面白い回答は返ってこないのでご注意を(人物評価には使えるかも)
そういう人は「そんなのその時々の状況によって違うでしょ(もっと状況を特定してくださいよ)」とか「いやあ、普段あまり意識していないですねぇ」とか「それで何が分かるんですか?」といった応えが返ってくるだけですね。
ちなみに、コーチング的には、理想と現実の行動(首尾一貫性)とのギャップ感からヒントを得ていただくことを目的としたりします。(他にも色々使えますがね)
■場の賑わいと学習深度の関係
研修を含むファシリテーションをして実感が強まっているのですが、「場が(一見して)盛り上がっていることと、学びが深くなっていることは必ずしも直接的な関連があるわけではない」ということです。
独立したての頃は、両者に強い相関関係があると思っていたので、良い講師、良いファシリテーションのKPIを、「場のノリ」にしていたのですがその事が本質を外す恐れがあることを学びました。(以前のブログ(「研修アンケート」の話?)でも似た様なこと書きましたね)
正確に表現すると、学びを深めるために参加者の盛上がり(知的興奮)は重要だけれど、その現れ方は人によりけりで、必ずしもノリとして現れるとは限らないといったことなのかもしれません。
最近では、「場のノリ」、「問いかけに対する間の間隔やボディシグナル(&その後の回答の深度)」、「コンテンツ開始前と後の発言やボディシグナルの変化」、「コンテンツ開始前に想定しておいた変容イメージとのギャップ」、(もちろん成果物も)等の多様なポイントで状態を測るようになってきました。
まだまだ奥の深い世界です。
■グローバルは大事だけれど
ちなみにテーマはこう書いてありますが、グローバルを否定するものではありません。グローバル化はもう逃げれない域に来ているとひしひしと感じています。キャッチアップは重要必須でしょう。
正直、2,3ヶ月前からこのグローバル化というキーワードにやられ、色々と不安にもなり、職業的な見地からいったん外してあった、「グローバルな人材へのソリューション提供」もなんとかせねばなるまいかと悶々としたのですが、あることをきっかけにすっきりしました。
結論としては、自分がクライアントとするのは日本語、日本文化をベースとして生きてきた人のみとするというところに到達したのです(NLPを使ったパフォーマンス開発に関してはこの限りではないかもしれません)。
自分が自信を持って提供できる専門スキルは、日本語及びそれを文脈として意味づける日本文化と切ってもきれない関係(深く狭い領域で深堀したもの)なので、単に表層的に外国語をある程度通用するレベルに習得したとしても、その言語をメインに育ったクライアントが持つ深大な文脈を理解できなければ高い価値を提供できない恐れがあるからです。それでは本末転倒になってしまいます。当然この決断はリスク大ですが、日本人を強くすることにコミットとするという決断はある意味さわやかな気持ちにもなれます。
但し、グローバリゼーションへの対応必要性は深刻レベルに引き上げです。そこができなければ、自分の提供価値も下がるのは間違いありませんから。
今日はひとまずこんなところで。
最近では「いつでも好きな時に呟ける」と思ってしまうとtwitterにさえ呟く気も落ちるありさま。。
(抑圧された状態をエネルギーに変えて行動に起こすってことなのかしらん)
職業的なモノ書きさんになるのはどうも無理のようです。残念。
ブログには起こしていないのですが日々感じたことは愛用のipod touchには書き込んであるので、今日はそのメモを見て私的に鮮度が落ちていないものをいくつか挙げてみようと思います。
■ 「リーダー、またはプロが見つめている時間軸はどこ?」
クライアントの方とお話をしていた時、たまたま上がった問いが、
「@@のプロとして本来メインにフォーカスすべき時間軸はどのあたりが望ましいと思いますか?」
だったのですが、非常に面白い話を導いてくれました。
もちろん、このフォーカスする時間軸は状況において変化するのは言うまでもありませんが、「主に思考を費やすべき時間軸はどこなのか?」そして「それはなぜなのか?」という考察を日頃からどの様な深さでしているのかがわかったり、不明だったその人の様々な内的マップが見えてきます。
また、この問いへの回答がクライアントによって様々で本当に面白いです。
例えば
「腕の良いシステム開発系PMなら3ヶ月先。それ以下でもそれ以上でもないね」とか
「色々と考え、現実的理想的という邪念を排除して考えると1年先だと思います」等々。
その理由も非常に多様性があり知的好奇心を刺激されまくります。
皆さんもご自身で(深く!)考えてみたり、尊敬すべきメンターに聴いてみてはいかがでしょう?
但し、現実に飲み込まれて右往左往している人(経営者・マネージャー・労働者)に聴いても面白い回答は返ってこないのでご注意を(人物評価には使えるかも)
そういう人は「そんなのその時々の状況によって違うでしょ(もっと状況を特定してくださいよ)」とか「いやあ、普段あまり意識していないですねぇ」とか「それで何が分かるんですか?」といった応えが返ってくるだけですね。
ちなみに、コーチング的には、理想と現実の行動(首尾一貫性)とのギャップ感からヒントを得ていただくことを目的としたりします。(他にも色々使えますがね)
■場の賑わいと学習深度の関係
研修を含むファシリテーションをして実感が強まっているのですが、「場が(一見して)盛り上がっていることと、学びが深くなっていることは必ずしも直接的な関連があるわけではない」ということです。
独立したての頃は、両者に強い相関関係があると思っていたので、良い講師、良いファシリテーションのKPIを、「場のノリ」にしていたのですがその事が本質を外す恐れがあることを学びました。(以前のブログ(「研修アンケート」の話?)でも似た様なこと書きましたね)
正確に表現すると、学びを深めるために参加者の盛上がり(知的興奮)は重要だけれど、その現れ方は人によりけりで、必ずしもノリとして現れるとは限らないといったことなのかもしれません。
最近では、「場のノリ」、「問いかけに対する間の間隔やボディシグナル(&その後の回答の深度)」、「コンテンツ開始前と後の発言やボディシグナルの変化」、「コンテンツ開始前に想定しておいた変容イメージとのギャップ」、(もちろん成果物も)等の多様なポイントで状態を測るようになってきました。
まだまだ奥の深い世界です。
■グローバルは大事だけれど
ちなみにテーマはこう書いてありますが、グローバルを否定するものではありません。グローバル化はもう逃げれない域に来ているとひしひしと感じています。キャッチアップは重要必須でしょう。
正直、2,3ヶ月前からこのグローバル化というキーワードにやられ、色々と不安にもなり、職業的な見地からいったん外してあった、「グローバルな人材へのソリューション提供」もなんとかせねばなるまいかと悶々としたのですが、あることをきっかけにすっきりしました。
結論としては、自分がクライアントとするのは日本語、日本文化をベースとして生きてきた人のみとするというところに到達したのです(NLPを使ったパフォーマンス開発に関してはこの限りではないかもしれません)。
自分が自信を持って提供できる専門スキルは、日本語及びそれを文脈として意味づける日本文化と切ってもきれない関係(深く狭い領域で深堀したもの)なので、単に表層的に外国語をある程度通用するレベルに習得したとしても、その言語をメインに育ったクライアントが持つ深大な文脈を理解できなければ高い価値を提供できない恐れがあるからです。それでは本末転倒になってしまいます。当然この決断はリスク大ですが、日本人を強くすることにコミットとするという決断はある意味さわやかな気持ちにもなれます。
但し、グローバリゼーションへの対応必要性は深刻レベルに引き上げです。そこができなければ、自分の提供価値も下がるのは間違いありませんから。
今日はひとまずこんなところで。
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