2010年8月18日水曜日

久々なので盛り合わせ②

前回から引き続き、ここ最近のマイ気づきメモ(ipod touch)からの抜粋です。

■「管理と経営は別物」

神戸大学院教授の三品さんの本「経営戦略を問いなおす」を読んでいて出てきたものです。

「日本では管理をマスターした先に経営がわかる様になるという発想が根付いているが、実際は別物」との見解でしたが、たしかに私の知っている殆どの日本企業ではこの発想が人事のキャリアパスの根底にあるように思えます。

三品さんも書かれていましたが、私もこの考え方は良い経営者を作り出すことを阻害しているのではないかと感じます。
リーダーシップとマネジメントを同義の様に扱ったり、この先に経営が見えてくるといったようなごった煮の様な発想は捨てて、それぞれにきちんとフォーカスして能力開発を考えた方が良いと改めて思いました。

さらに付け加えて言えば、昨今では環境が複雑化しているせいか、管理すべき対象も複雑・膨大になってしまい、ミドルの管理者層(経営人材候補)がそれだけでパンクしてしまって、経営センスを磨くステップに行けなく(行かなく?)なってしまっているようにも感じます。

ちなみにこの本では、経営戦略は科学(人に拠らず再現性がある)でなくアート(人に拠り再現性がない)であるとも書いてありますが、趣旨と違いますが、私は説明を読んでアートな性格の仕事に心がひかれるなと感じました。

■センシング(現状を感じとる)とアジリティ(俊敏性)

この二つのキーワードが、ここ半年ほど非常に私のまわりで何度も顔を出しています。

センシングとは、ちょっと意訳しちゃうと、いま何が現場で起こっているのかを自分の思考フレームを外して、ひたすらありのままに感じることを指し、ここが疎かであると課題認識や判断で致命的な過ちを起こしてしまう感じがします。
組織変革や企業活動のパラダイムシフトに取組む際に最近では当たり前の様に出てくる言葉になりました。これだけでなく、センシングを強く意識することはそれ以外のあらゆる思考・行動でも重要だなぁと日に日に実感しているこの頃です。
(ちなみに質の高いセンシングを我々は驚くほどできていません(もちろん私もを含めます))

アジリティは直訳すると俊敏性と訳せます。この言葉、何年も前に米国出張で聞いたことがあり、その時は「まぁ大事と言えば大事だろう。俊敏であることはその逆より良さそうだわなぁ」といった程度にしか考えていませんでしたが、最近になって、急に

「パートナー会社の仲間からの米国ASTDカンファレンスの重要トピックとして紹介された」

「別のパートナー会社から、Emotional Intelligenceの向上のポイントとして言及された」

「たまたま知り合いになった外資系コーチング会社の重要コンセプトとしてこの言葉が取り上げられた」

と、これらの偶然が、関連しない3組織から1週間たたない間で指摘されたことはどう考えても「お空からの特別な知らせ」としか考えられないので今後も注視していこうと思います
(ポイントは感情・思考の切り替え力のようです)

■ラポール(コーチングで言うところの信頼形成)が深くなると学びも深くなる

コーチングやファシリテーションの実践の中から強く実感しているのですが、
相手とのラポールが本当に深い状態で形成されている時は、知的好奇心の純度もより高くなり、当然コミュニケーションの質も高いですから、非常に良い学習が起こります。

最近の自分の例なので説得力が弱いかもしれませんが、

コーチングを通して、クライアントの所属する業界業務への理解が短い期間で想定以上に深く出来上がっていることに自分でびっくりしている。

昨日、パートナー会社とのミーティングで、メンバーは内部社員、フリーランスという雑多な構成員だったにも関わらず(エグゼクティブコーチングや組織変革を仕事とするメンバーだったせいか)、質の良い一体感とともに深い組織学習が行われた確信を多くのメンバーが持った。

学習する組織を強く志向される方は、場のラポール度を強く意識されると良いと思います。

(まぁ、そうは言ってますが、ラポールは単に仲間意識が芽生えるといったレベルよりもさらに上方に存在するものなので、簡単ではありませんが。。)

■ハーバード白熱教室の再放送をみて

感動してしまいました(笑)。いい年のおっちゃんが、(正義を考えるということに関する)自分の価値観を大きく変えられてしまいました。考え抜かれた知性って素晴らしいですねぇ。

ちなみに、講義の中で紹介された言葉で、

「人間は本質的に物語を紡ぐ動物である。『私は何をするべきか』という問い答えるには、まず『どんな物語の中で自分の役を見つけられるのか』という問いに答えてからでないと答えることはできない」(マッキンタイア)

がありましたが、この発想はコーチングにおいても非常に重要な考え方だと思います。最近、強くここを意識しながらコーチングを実践しているので、妙に心にはまってしまいました。


それではこれにて!

2010年8月16日月曜日

久しぶりなので盛合わせで

本当に久しぶりのブログです。以前にもtwitterにはまるとブログ書く意欲が減退するとあちこちで書いていたのですが、どうやら私は衝動でものを書くタイプなのだということがはっきりしました。

最近では「いつでも好きな時に呟ける」と思ってしまうとtwitterにさえ呟く気も落ちるありさま。。
(抑圧された状態をエネルギーに変えて行動に起こすってことなのかしらん)

職業的なモノ書きさんになるのはどうも無理のようです。残念。

ブログには起こしていないのですが日々感じたことは愛用のipod touchには書き込んであるので、今日はそのメモを見て私的に鮮度が落ちていないものをいくつか挙げてみようと思います。


■ 「リーダー、またはプロが見つめている時間軸はどこ?」

クライアントの方とお話をしていた時、たまたま上がった問いが、

「@@のプロとして本来メインにフォーカスすべき時間軸はどのあたりが望ましいと思いますか?」

だったのですが、非常に面白い話を導いてくれました。

もちろん、このフォーカスする時間軸は状況において変化するのは言うまでもありませんが、「主に思考を費やすべき時間軸はどこなのか?」そして「それはなぜなのか?」という考察を日頃からどの様な深さでしているのかがわかったり、不明だったその人の様々な内的マップが見えてきます。

また、この問いへの回答がクライアントによって様々で本当に面白いです。
例えば
「腕の良いシステム開発系PMなら3ヶ月先。それ以下でもそれ以上でもないね」とか
「色々と考え、現実的理想的という邪念を排除して考えると1年先だと思います」等々。
その理由も非常に多様性があり知的好奇心を刺激されまくります。

皆さんもご自身で(深く!)考えてみたり、尊敬すべきメンターに聴いてみてはいかがでしょう?

但し、現実に飲み込まれて右往左往している人(経営者・マネージャー・労働者)に聴いても面白い回答は返ってこないのでご注意を(人物評価には使えるかも)

そういう人は「そんなのその時々の状況によって違うでしょ(もっと状況を特定してくださいよ)」とか「いやあ、普段あまり意識していないですねぇ」とか「それで何が分かるんですか?」といった応えが返ってくるだけですね。

ちなみに、コーチング的には、理想と現実の行動(首尾一貫性)とのギャップ感からヒントを得ていただくことを目的としたりします。(他にも色々使えますがね)


■場の賑わいと学習深度の関係

研修を含むファシリテーションをして実感が強まっているのですが、「場が(一見して)盛り上がっていることと、学びが深くなっていることは必ずしも直接的な関連があるわけではない」ということです。

独立したての頃は、両者に強い相関関係があると思っていたので、良い講師、良いファシリテーションのKPIを、「場のノリ」にしていたのですがその事が本質を外す恐れがあることを学びました。(以前のブログ(「研修アンケート」の話?)でも似た様なこと書きましたね)

正確に表現すると、学びを深めるために参加者の盛上がり(知的興奮)は重要だけれど、その現れ方は人によりけりで、必ずしもノリとして現れるとは限らないといったことなのかもしれません。

最近では、「場のノリ」「問いかけに対する間の間隔やボディシグナル(&その後の回答の深度)」「コンテンツ開始前と後の発言やボディシグナルの変化」「コンテンツ開始前に想定しておいた変容イメージとのギャップ」(もちろん成果物も)等の多様なポイントで状態を測るようになってきました。

まだまだ奥の深い世界です。


■グローバルは大事だけれど

ちなみにテーマはこう書いてありますが、グローバルを否定するものではありません。グローバル化はもう逃げれない域に来ているとひしひしと感じています。キャッチアップは重要必須でしょう。

正直、2,3ヶ月前からこのグローバル化というキーワードにやられ、色々と不安にもなり、職業的な見地からいったん外してあった、「グローバルな人材へのソリューション提供」もなんとかせねばなるまいかと悶々としたのですが、あることをきっかけにすっきりしました。

結論としては、自分がクライアントとするのは日本語、日本文化をベースとして生きてきた人のみとするというところに到達したのです(NLPを使ったパフォーマンス開発に関してはこの限りではないかもしれません)。

自分が自信を持って提供できる専門スキルは、日本語及びそれを文脈として意味づける日本文化と切ってもきれない関係(深く狭い領域で深堀したもの)なので、単に表層的に外国語をある程度通用するレベルに習得したとしても、その言語をメインに育ったクライアントが持つ深大な文脈を理解できなければ高い価値を提供できない恐れがあるからです。それでは本末転倒になってしまいます。当然この決断はリスク大ですが、日本人を強くすることにコミットとするという決断はある意味さわやかな気持ちにもなれます。

但し、グローバリゼーションへの対応必要性は深刻レベルに引き上げです。そこができなければ、自分の提供価値も下がるのは間違いありませんから。

今日はひとまずこんなところで。

2010年5月10日月曜日

Twitterをやって感じたこと

Twitterを始めたのは前にも書きましたが、最近それは自分の中で割合をどんどん大きくしています。

ちょっと変な書き方をしていると思うのですが、
それは没頭してのめり込んでいるというとちょっとニュアンスが違っていて、

熱狂しているわけではないのだけれど常に意識せずにはいられない状態というのが正しい表現の様な気がします。(結局GWにおいて、ヒマな時間の多くがtwitterに注がれた感があります。。ブログも全然更新できていないし。。)

これは良い点と悪い点を含んでいて、

良い点としては、

今までとは比較にならない情報とアクセスできている感があるのと、
その情の精度が案外高いというのが今感じていることです。

加えて言うと、同じ業界で、なかなかナイスな考えを持ってやっている連中と無理なくつながることができる点もすごい魅力です。これは自分がフリーランスになって何年も実現できなかったことです。
(でもtwitterで数日で出来ちゃいました。。)

また、Twitterって奴は面白いもんで、たかだか140文字の表現しかできないのですが、その人らしさがかなり明らかになる性格を持っています(また、そういう所が繋がる上で大事だったりする。そのせいか実名出している人がすごく多い)。ですから、異業種交流会等のリアルの場で1,2度軽く話した程度の人たちだったら断然twitter側の方が自分としては信頼できちゃったりします。(もちろん、リアルで深く繋がった人の方が比較にならない位に上ですが)

悪い点で一番気になるのは、

ちょうど共感するブログを見つけたのでそこから引用させて頂くと、
(悪い点と言いながらその引用ブログもtwitterで見つけたものだったりするが。。)

Twitterは最も(厄介に)継続的な注意散漫状態を作り出すものである」ということ。
http://anond.hatelabo.jp/keyword/Kathy%20Sierra の論点3です)

常に色々な文脈で脳に軽い刺激を与えられるので、かつ、それが脳へのある種のインセンティブになっているので、それを打ち切って、一つの事に没頭するのを妨げてしまうおそれがある様に思えます。

引用するブログ的には、それゆえ、twitterにはまるとフローに入りにくくなるのでエキスパートになれなくなるかもといった感想が述べられています。
この意見には完全な同意をするわけではありませんが、特に若手の発達中のキャリア段階には少し使い方を用心した方がいいかもしれないとは思えます。フローってやつはコンテキストがコロコロ変わる状況では発現できないですからね(ゾーンも同じかな)。
(当然自制を持ってコントロールできるならばその限りではないでしょう)

でも、こういったサービスがどんどんと加速度的に沸き起こってくる時代です。我々が気がつかない様な全く違うスタイルの成長・発達・学習パターンが生まれてくるかもしれませんがね。

自分の専門に通じた人(NLP的に言うと良質なアンカーで自分をプログラミングしている人)には理想的なツールとも言えるかもしれません。上述したように色々な角度で刺激がきますから、その刺激から思いついたアイデアと自分の熟達した専門をコラボレートすれば結構面白いことができるんじゃないかと思えます。


日本におけるTwitterも最近は「著名人のつぶやき覗き見」的意味合いから、色々な目的にどんどん活用されはじめている感じがあります。(「商品及び自身のマーケティングツール」とか「ネットワーカーの強力サポートツール」等々)
まだやっていない方は一度体験されてはいかがでしょう?

但し、自制心の低い人は気をつけて下さいね。
友達と旅行した時に、眠いんだけど寝ちゃったら何か良いことを見逃してしまうのではないかと、眠る決断ができず意識朦朧で半分白目になりながら粘ってた人はやらない方が良いかもです(そりゃ私だよー!)

書いてみたものの、まだまだ捉えきれていない様な気もするなぁ。。

2010年4月19日月曜日

セカンドセルフ

ひっさびさのブログです。

この間、ヒューマンバリュー社の高間邦男さんが書いた、

あなたの中の変えるチカラ」を読んでいて、

『セカンドセルフ』というキーワードをゲットしました。

これは、自分の中で今まで言動を支配していたメインの人格ではなく、
今まであまり表に出なかった人格のものの様なものを指していて、

人は何か思考や言動を変えたいと考えた時は、
メインの人格を改善するようなアプローチでは駄目で、
何か自分の中の別の人格を
新たに起動するようなアプローチでないとなかなかうまくいかない。
といった説明で使われていました。

また、そこで出てきた例で分かりやすいものがあって、

「女性に赤ちゃんができた場合、それをきっかけとして、「子供にとってよかれ」という想いや、「子どもが立派な人に成長しますように」という想いが生まれる。それがセカンドセルフである。そうすると、エゴにある「ゆっくり眠りたい」という欲求や「自由に好きなことをやっていたい」」
という欲求を超えて、母親らしい思い方や行動をとるようになる。」

と書いてあって、

これを読んで、「うわっ、これ、俺ら夫婦のことだわ。わかるー、この感覚」と思ってしまいました。
(間違いなく我々夫婦は子どもが生まれる前と生まれた後では言動違います(笑))

そして、この『セカンドセルフ』というキーワードですが、
妙に私の思考と相性が良くてこのところ頻繁にこの言葉を使うようになりました。

コーチングをしていて思うのですが、
人が変わるのって本当に簡単なことではなくて、そうそううまくいくもんではありません。
(難しくてもそれをすんのがおまえらの商売だろっと突っ込まないでくださいまし)

本当に変わるためには、

「今までの自分ではなくて、違う自分に生まれ変わる位じゃなくちゃ!」

と思うくらいで取り組んだ方がうまくいくかなと感じますし、
最近の自分の仕事(コーチ、講師、等々)ではこの感覚でクライアントに対しています。

そもそも今までの環境で長い時間をかけて
(自分なりの)最適化行動を繰り返し安定したのが今のメイン人格ですから、
その世界観の中で変化を起こそうとしても、当然制御機能が無意識に働き、
元の安定状態に戻そうとするのではないかと思います。

愚痴は言うけど、結局はできない理由を並べて自分を正当化するプロセスなんていうのもこれかもしれませんね。

みなさんもどうですかね。セカンドセルフを起動していますか?

私なんかは昔の友人と再会すると、「別人に感じるよ」とよく言われます。

いやそれは髪のせいか。。

2010年3月29日月曜日

嘘に関する学習

最近、2歳半になる娘は嘘をつけるようになってきました。
(正確には「事実と異なることを発言する」)

「なんとなくそっちの方が自分の気持が伝わりそうだから」、
「その場の流れで言いやすいから」、
「記憶にあるパーツを組み合わせたらそうなったから」
「そう信じているから」

と罪な感じがしないけど、事実とは違うことをしゃべります。

これはこれで、私にとっては彼女の成長と考えているので
むしろ喜ばしいことと捉えています。

それ以前は、

「わからない」
「知っている断片の事実の説明」
「意味不明の反応」(←こちらのコンタクトに応えるという意志の表明だけ)

しかできなかったわけですからね。

なんとなくストーリーぽいものが返ってくるだけ楽しいもんです。
(コミュニケーションの高度化以外のなにもんでもない)

でもこの後の彼女の学習はどうなっていくんでしょうね。

まっとうなら「嘘をついてはいけない」という学習を今後していくんでしょうけど、
それって案外微妙じゃないですか?

固いしつけをくらって、「嘘をつけない」ことで苦しんだりトラブる人います。

これが真実だと信じ込んで、でも事実と異なることを強烈に発信して人を傷つける人もいます。

嘘と真実って、大人の世界でも表裏一体・曖昧なものですよね。

彼女には、「嘘」と「真実」の絶妙な距離感を学んでいって欲しいなと思います。

2010年3月15日月曜日

twitter的つぶやきのログ


ここ数年、自分は頭に浮かんだアイデアを手帳やipod touchに記録するように癖がついてます。

というわけで、ちょっとそんな気分になったので

ipod touchに書き込んだメモを加工せずにここに載せてしまおうと思いました。

何らかのシンクロが読んだ人に起こると面白いなぁ。。

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・ビビるヒマが有ったら状況をみつめる方が重要

・最高点を平均点と考える思考が最上思考か

・暫定のゴールを実現したら上方にずらす

・物理空間の夢の実現には限界があるが情報空間にはない。混同してはいけない

・ビジョン達成は現在からの積上方式ではなく、コアステートの先取り後らの逆線表式で考えるのが有効か?

リーダーとしてありたい姿をコアトランスフォーメーションアプローチで抽出する

・怒りの背後にあるものは何だろうか?怒りは二次的感情の時がある

・強く非難する対象は自分の中に有って忌み嫌っているもの?本当か?

・流れ行く思考

・計画された偶然 つながりを意識する

・娘の特徴 log book

・成長パターンの確認

・気づきは行動のための仮説出し

・経営者は考える時間が細切れ

・ブランデン質問法

・自分の付加価値
グッドエナジー
様々な視点 可能性 リソース繋ぎ

・経営者は時間とテーマは他人が持ち込む
 自分のテーマを考える時間なし

・本来の能力を発揮すると同時に、今までの枠を更に拡げるアプローチも必要だろう

・クライアントの変化を敏感に表層化させる

・組織への波及をどうしていく?

組織におけるシステムシンキングと経営層であるクライアントの活性化実現

アスリートコーチングと違い企業人コーチングは可変環境におけるシステム対応が必須な分難しい所がある

・グループコーチングの可能性

・経営幹部の移行現象

・自分はクライアントにどの様な行動思考変化をもたらせたのか?

・自分はソーシャルキャピタルが乏しくないか

・否定されるのではないかという恐れ後遺症

・暫しミーティングの中に文化の縮図が出来上がる

・クラウドリーダーシップ

・アクションプランの次善策の次善策がほんもの?

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2010年3月14日日曜日

女性ワークショップで


先週は以前にもやった女性ワークショップのファシリテーターをやりました。


相変わらずのアウェー感で、幾分、落ち着かない気持ちになっちゃいました。

(なぜか他の人にはそう見えないらしいんですが。。)


でもその中で面白いなと感じたことがありました。


壁に張り出された受講した彼女達の悩みを、

(若手の女性社員によく出るライフイベントにまつわる悩みが一杯でした)


ゲスト参加してくれていた女性先輩社員(ワーキングマザー)と並んでみていたのですが、


「こういう悩み、私も若い時は色々持ってたんですよねぇ。。
でも、その悩みの、何が、どのタイミングで、どんな風に来るかは
来てみないとわからないんですよね。。」と彼女。さらに、

「結局、来た時に、その時の環境に合わせて
臨機応変に全力尽くすしかやり様がないんですよね」

と呟いていました。


この彼女のセリフ、子育て後復帰した私の相棒を見ていてもそう感じます。

今までになかった状況対応力の発達(それと時間当たりの生産性)が顕著に感じられます。

そしてそれこそが、色々なことを乗り切っていくために最も必要なことだとも思います。


他にも、私が今までに会ったことのある、
いい感じのワーキングマザーは皆この部分が特に発達していたと記憶しています。
(彼女たちは『腹の座った』感が滲み出てきます)


でも、これは興味深いです。

状況対応力の凄さは、修羅場をくぐって能力を顕在化させた、

男性社員(もちろん女性も同じ)も同様に発達しているからです。


男性では考えもなかなか及びませんが、子育てをしながら働くということも立派に

「キャリアで一皮むける重要イベント」と考えていいのだろうなと思いました。


「確かに、『その場その場でいかに臨機応変に対応するかが鍵』という事は真理だと思いますが、
それを体験する前の若い女性達に、『だから事前にクヨクヨしてても意味は無い』と言っても
心はすっきりしないでしょうねぇ。。」と僕。


「そうですねぇ、だから、そのいざって時に
腹を割って相談できる人が側にいるってことも重要なんだと思いますね」と彼女。



『つながっている』って奴もキャリアに重要な要素ですよねぇ。。
キャリアデザインの渋いエッセンスを、何気なく非専門家に言われると、
「この人、格好いいなぁ」

と素直に思ってしまいます(笑)


2010年3月8日月曜日

研修アンケート

フリーとして研修講師の仕事を始めて今年で4年目だが3年目からやらなくなったことがあります。


それは、研修アンケートでクラス単位の研修満足度で満点を狙わなくなったことです。


正直、独立してから暫くアンケートの点には相当こだわりました。


フリーランスの講師にはアンケートの点数は死活問題になるからなんです。


いくら企業の発注主が


「うちは研修満足度はこだわりません。参加者に本当に意味のあるものが伝えられ、行動に変化が起こるのであれば。。」


と言ったとしても信用はできません。結果的にそうじゃない例を山のように見てきました。


自分のコンプレックスも点数にこだわる原因の一つだったでしょう。


「大丈夫だ。俺は十分に通用するんだ」

なんて自分にささやいたって、安心なんかはできません。


アンケートの点数が良かった時にだけ「ほっ」とする自分もいたわけです。


しかし、講師業を数年やってみるとわかってきたことがある。


『研修満足度は高いにこしたことはない。でも満点を狙うことはなんか本質と違うかもしれない』


クラス全体の研修満足度に影響を与えるのは講師のサービス力であって、参加者を変えるための力ではないと感じてきました。


例えば、サービス力に入るのは、「場の高揚演出」「すっきり感」「個々の参加者のかゆい所に手が届く感」「フレンドリー感・味方感」「教室の環境整備」「笑わせる」等々だったりします。部屋の湿度・温度やトイレ・昼食時間のキープが満足感に案外大きな影響を与えているようです。


もちろん、研修の満足度等を上げる事は悪いことではないとも思います。参加者の行動変容には、ある程度の高揚感や満足感は重要だと考えるからです。


でも、ある一定の満足度を超えた、さらなる上の満足度を狙うことは、本質と違うご機嫌伺いの体になっていく気がしてしょうがありません。(そのことは、満点を狙ってギラギラ頑張って満点が取れた時にはっきりと感じました)


そのことを感じてしまってからは、本質からずれたところにエネルギーをかけることに興味がなくなってしまったのです。


そして、サービス力をフル発揮して満足度で満点を狙うより、参加者にとって本質的に意味のあることにのみフォーカスする様になってからわかったことがあります。


後者のアプローチでも、満足度はけっこう高止まりするもんだということです。


もちろん、このアプローチでは満点は出ません(25名を超える規模では未経験)。

でも、手ごたえはこちらの方がありますし、なにより


「自分は正しいことができている」


という感覚がぶれずにあるため、精神が健康な感じがします。


2010年2月24日水曜日

ある会社のミドルリーダーの言ったこと



この間、ある会社で部下育成意識の高い管理職数人と人事部の方とともに意見交換をしました。

昨今は、チームの業績、プロジェクトの管理、部下の評価、一人のプレイヤーとしてのパフォーマンス、膨大な事務処理(やらなければいけないと誰かに抱かされた仕事)、(+この経済局面の打開も?)等々の役割をしょわされ、そして育成責任と、アンフェアと言ってもしょうがない位きつい状況にあるミドルリーダーの方々ですが、

さすが、育成に意識の高い方々だけあって、なかなか良い情報の交換ができました。

その中でも、あるリーダーが最後にいった一言が、頭にずーっと残っています。

「意識の低い奴(ミドルリーダー)には、育成をさせて欲しくないんです。」

ともすると、最近のミドルリーダーにとって育成はやっかいなノルマとして感じられている事も多いんで、この発言にはしびれました。


今、企業組織に限らず部下の育成に関する意識や行動には本当にばらつきがあり、それにより部下の育ち方のばらつきもすごいことになっています。

(ちなみに成長を支援してもらう方の責任はここでは置いておきますね。)


部下の成長支援を本気でやっている人なら、この発言に深く同意できると思います。

本気でサポートしていた部下が、あるタイミングで、ぐっと成長して、面構えが精悍なものになる(女性で精悍っていうのもなんだな。。「充実感と自信に溢れた表情」の方がいいかも(笑))、そういった瞬間に立ち会える喜びって最高ですよね。

大変だけど意義の深い仕事じゃないかと思います。

こんな発言ができるその人も、人として良い成熟段階に入っているんでしょうね。


2010年2月22日月曜日

演奏家のゾーン


いつかは、これを柱の一つにしようと目論んで、コツコツ一人で自主研究を進めている「ゾーン」について、先週の研修講師中に受講者に一部を紹介したところ、予想外に盛り上がった。


「ゾーン」っていうのは、簡単に言うと、人が自分が想定できる以上の優れたパフォーマンスを発揮する状態のことを指す。「ピークパフォーマンス」とか「フロー」と言った言葉もその仲間にあたる。


この言葉は、主にアスリートのパフォーマンスを紹介する際に用いられるので、自分もどちらかと言うとアスリートの状態を中心に色々とネタを集めていたのだが、どうやら、演奏家の間でも結構ありそうな現象らしい。


先の研修クラスでもクラッシク音楽の演奏経験者が何人も興味津々で追加の話を聞きに来てくれた。


どうやら、自分が説明した「ゾーン」時の特徴的な心身状態が、演奏時において良く起こるものらしい。


「エッケイさんが説明した状態は、まさに演奏家が調子のよい時にどうなるかと言う際の説明とかなり似ていますよ」と教えてもらった。


事例もいくつか収集できたがなかなか面白いものがあった。


「主旋律以外の音がクローズアップされてくる」


「混ざり合った音がパート毎にバラバラに、明確に認知できる様になってくる」


「自分に関係のある音は明確に感じ取れるが、それ以外の雑音は一切聞こえてこない」


「目は指揮者を見ているが、オケのメンバーの動きや息遣いなどをはっきり体感できる」


等々


うーむ。素晴らしい。。まさにゾーンの特徴と合致している。


今まで主にアスリートからネタを収集していたのだが、調査対象として演奏家を多く組み込むと良さそうだ。ゾーンの感覚がわかるアスリートよりゾーンの感覚を知っている演奏家の方が割合が多そうな感じだ。


まさか、企業の研修でこんな良いヒントを得られると思わなかった。


(でも知的好奇心の高い連中との会話は本当に面白いねぇ。。みんな目キラキラして会話を楽しんでたよ。ああこんな会話で人生を溢れさせたいもんだ)


いずれはこれをビジネスに応用できる様に、ソリューション化なりコーチング技法なりに落とし込みたいんだよなぁ。手が届く距離にきている気がするんだよなぁ。